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2007年
posted by もも太郎 at 13:45|
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2006年
釣った太刀魚や頂いた地物、ヒラメやスズキのお造り

指5本
、の太さ

もも
も果敢に、太刀魚と格闘


でも…腰が引けてるぞ〜〜〜

papaさんがさばいてくれて、お刺身で頂きました

太刀魚のお刺身
ウマ・ウマ〜〜〜でした


運動会


ももの応援!

成○…東予大会へ!
エースを狙えにはほど遠い、成○ですが、まぐれか奇跡か、東予大会へ行って花と散って帰って来ました。まあ、良くやりました。


おそるべき讃岐UDONツアー再開!
ブログ「もものしゃべり場より」…妻の「もも太郎」さんが書いてるブログです。
夫の もも太郎papaです。
ロケ地の、映画の為に建てた
「松井製麺所」は、となりの池に、
さぬき富士が映りロケーションばっちりでした…めちゃ、感動しました。
v(^^)v
それから、映画の最初の場面で、熊に襲われて遭難して辿り着いた…
三島製麺所…あれ、
讃岐でも3本の指に入る客を寄せ付けない店なんです。
めちゃ秘境にあって、看板もなければ何もない、目印は煙突だけ…でも辿り着けました。俳優さん達も、一番衝撃受けたうどんって言ってたけど…
撃沈!
かつてない出会いでした。
おばちゃん&ロケーション&うどんの麺でした!
それから、あのロケのセットの松井製麺所は、三島製麺所&がもう がモデルだとか!
40年ぐらい持つしっかりした物だそうです。瓦も1枚〜色を塗っていました。
ちなみに、
映画のタウン情報誌のモデルになった、麺通団は、「あのセットは非の打ち所がない。香川のうどん店として、実際ありだろう完璧なセット」と評価してましたよ!
山内
秘境の三島製麺所

映画UDONで、道に彷徨い偶然行き着いた、看板も何もない店。最高のシチエーションです。味も、僕は一押しです。

讃岐うどんの聖所、山越え

名物:釜玉(かまたま)
中村:裏の畑から勝手にネギを切ってきなさいという伝説で有名な、究極のセルフ店

映画「UDON」のロケ地で

大学時代の友人桜○君と

湖面に映る、さぬき富士
ロケに使われた製麺所のセット
2006年09月06日
posted by もも太郎 at 21:57|
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日記
以下暫くは、
教団青年主事となられた
佐伯先生(高知グレース&越知教会牧師)が書かれたブログの抜粋です!
JHC YOUTH(Youth Jam2008に向けて、青年主事のブログ)http://www.jhc.or.jp/blog/saepm.php
そんな訳で文責は全て佐伯先生にありますのでご了承下さい!(-o・)
またまた登場、お待たせいたしました。あー勘違いシリーズのPart3です。
キャンプ前の打ち合わせで、キャンプ委員長の某土居聖子先生から電話がありました。
聖 「キャンプスケジュールのオリエンテーリングは、開会説教の後ですよね…」。
私 「土居先生、オリエンテーリングを開会礼拝の後にするんですか?」
聖 「そうそう」
私 「地図とコンパス持ってですか?」
聖 「???…あー、オリエンテーションでした… (涙、またブログネタを提供してしまった)」
チャンチャン!!
キャンプが終わり、ゲストを高松空港にお送りする道すがら、讃岐うどん屋巡りに出かけました。
私 「土居先生、うどんはどこで頼むのですか」
聖 「たこ焼き?ここはうどん屋さんだからたこ焼きは無いわよ…」
私 絶句…
たこ焼き? なんでやねん。
今回のキャンプでも信徒大会の宣伝で、「たこ焼き企画」の話題が出ていましたから、土居聖子先生の耳にもたこができてしまいました。
うどん屋2件の後は、口直しのために地元で有名なケーキ屋さんに入りました。さすが名店だけあって行列が出来ています。
私 「土居先生、どうやって買ったらいいんですか」「ここに並ぶんですか?」
聖 「ゴウヤ? ゴウヤはここには無いわよ。ケーキ屋さんだから・・・・」
私・周囲の人たち 「・・・・・・・・・????」
チャンチャン!!
そして、ゲストの鎮目さんまでもが、ケーキ屋さんで、
店員 「何人ですか」
鎮目 「今回が初めてです…」
店員 「そうですか。何人ですか」
鎮目 「だから、今回が初めてです」
なぜか会話がかみ合いません。
更に、鎮目さんの息子さんまでもが、空港へ向かう途中
鎮目 「高松にもハーレーダビッドソンの専門店があるんだ」
息子 「お父さん、もうハングリーなの?うどんにケーキを食べたばかりなのに」
鎮目 「何言ってんだよ…」
キャンプ疲れに讃岐うどん巡り、とどめのケーキで、みんなの耳は遠くなってしまったのか。会話が微妙なところで噛み合いません。
私たちの部屋は、4人部屋。講師の桑原先生と土居和幸先生と音響オペレーターの日下さんと共に、二泊三日を過ごしました。
最終日の閉会礼拝は、土居(千葉ですけど…。(☆_-) )先生です。前日から、説教に備えてそわそわしてなかなか寝付かれない土居先生。
みんな、疲れがピークを超えて床につこうとしているのに、12時を超えてもまだ部屋を歩き回っています。「もう寝ちゃうの?」。土居先生のその言葉の記憶を最後に私は深い眠りについたのでした。
気がついたのは、深夜の暗闇の中でした。どこからともなく、説教が聞こえてくるのです。はっきりとした口調で、しかも、熱のこもったお話です。時々「アーメン」と唱和したくなるような恵まれたお話です。
夢と現実を行き来しながら、次第に意識がはっきりとしてくる中で、声の出所が二段ベットの奥の方から聞こえてくることに気がつきました。カセットテープでもラジオでもありません。紛れもなく、土居先生の生の説教だったのです。眠りにつきながらも、夢の中で説教していらっしゃいます。なんと恵まれた先生でしょう。
おかげさまで、私は寝不足になりましたが、キャンプの深夜にも神様からの恵みをいだたきました。そして、閉会礼拝でも、土居先生の恵まれた説教をお聞きすることが出来ました。
その説教が深夜聞いた説教と同じであったかは定かではありません。更に何を勘違いしたかサッカー日本チーム福西のユニフォームでの登場です。恐るべし、土居先生です。
「あー勘違い」シリーズにしようかと思いましたが、あまりのインパクトのすごさに、土居先生単独での紹介となりました。(これもシリーズかするかなー)。
次週私は青年宣教主事の巡回で名古屋城北教会に出かけますので、高知グレースチャペルの礼拝説教は、土居先生が担当してくださることになりました。なんだか、恐ろしく感謝です。
ところで、四国に土居先生って居たっけ??分からない人は過去のブログを読むべし!
8月15〜17日、新居浜マリンパークで四国教区のキャンプが開かれました。
新居浜マリンパークは、ヤシの木茂る白い砂辺のあるヨットハーバーで、美しいリゾート地です。施設館内は冷房が効いていて、キャンプと思えないような快適さです。
このところ、青年の減少と奉仕者の減少で、青年キャンプと教会学校キャンプを一緒ににしたようなファミリーキャンプという形でを行っています。
集会は、ファミリーと青年は別々です。ファミリーキャンプの講師は矢野弘先生。青年が青年宣教主事の桑原裕弥先生です。
矢野先生は集会の合間にも大きな日本昔話の紙芝居を用いて子どもさん方にお話をされました。親御さん方も懐かしく子どもさん方と共に童謡を歌い、話しに聞き入っていました。
青年の集会は、説教者である桑原先生は、さすがに青年宣教主事だけあって、青年方の心を捉らえたすばらしい説教でたいへん恵まれました。賛美のリードもすばらしかったです。青年の恵みの集会の新しいスタイルを見せていだたきました。
今回の目玉のプログラムは、16日(水)に外部にも公開して行われたコンサートです。千葉県成田から私の学生時代からの親友である鎮目政宏兄が奥様と息子さんと共に来てくださいました。
聴衆は下は幼児から上は老人まで年齢層も幅広く、キャンパー以外の外部からも多数の参加があり、総勢で100名ほどになりました。
鎮目兄は学生時代よくオフコースやさだまさし、チューリップなどの曲をコピーして活動されていました。歌声は、小田和正そっくりで、今でもオフコースのコピーバンドなどでも活躍されています。
私たちの学生時代、賛美のグループを通して学内伝道を行っていましたが、鎮目兄にはそのお手伝いをしていただいたのですが、求道者でありながらもそのうちに、「もっと伝道しよう!」などと発破をかけられるほどで、気がつけばクリスチャンになっておられました。
現在では、自宅の庭に教会を建てて、音楽伝道に励んでおられます。その鎮目兄が二十数年ぶりに私の前で歌う歌が、オリジナルのゴスペルの数々で、当時のことを思い出しながら目頭が熱くなるのを覚えました。コンサートの模様は、後日公開予定ですが、編集の時間もかかりますのでもうしばらくお待ち下さい。
キャンプの締めくくりは証し会で、キャンプで得た恵みの数々を共に分かち合うことが出来ました。
キャンプの締めくくりの昼食は、毎年恒例となっている四国名物の讃岐うどんです。うどん屋の前で、写真を撮りました。身も心もお腹も満たされたキャンプとなりました。
7月17日(月・海の日)に松山済美会館(キリスト教社会福祉施設)にて、四国教区賛美大会が開催されました。今回で6回目を迎えましたが、回を重ねる毎に洗練され、恵まれた集会に成長しています。
司会の予定でした杉野先生が歯痛のために、急遽、
土居教会の千葉聖子先生(写真左)が司会者として立ち上がってくださいました。本番前々日の抜擢ということもあって、徹夜での準備になったそうです。
聖子先生は、好評「あー、勘違い」シリーズで紹介させていただきました松本とも先生の娘さんですから、賛美大会の司会でもお母さんに引き続きPart3に期待していました。そして開口一番、その事件は起きてしいました。期待どおりの初打席、
満塁ホームランです。
「今回、司会を務めさせていただきます。
土居聖子です…」(千葉聖子のはず??ご本人なのに)。会場は一時騒然。やがて大爆笑に!
ご主人の和幸先生は、「あー、やってしもうた」「また、ブログネタになってしまう…」
気を取り直して、
「…それでは、お祈りを松山桑原教会の安井満先生お願いいたします」
そして安井先生のお祈りが始まりました。
「…また、司会の
土居聖子先生を豊かに用いて下さい…アーメン」(千葉聖子のはずなのに??)。
何ということでしょう。安井先生まで、やってしまいました。もの凄い、連携プレーです。お祈りの後でしたから、遠慮気味の笑いでしたが、聖子先生の絶句から、やがて一堂は大爆笑の荒らしに巻き込まれてしまいました。もう笑いの壺にはまってしまって、取り返しがつきません。
でも、しばらくすると神様も微笑んでいらっしゃるような、とても温かい雰囲気につつまれて、教区全体が一つの家族のような、リラックスした瞬間となりました。
このようなきっかけから温かい雰囲気の中で、大会は進んでいくことになりました。会衆賛美、各教会の賛美。老いも若きも一つに交いし、振付を伴う全身での賛美も加わり、楽しさもいっぱいになりました。
出入りの時間を用いた芦田英子師の機転の利いたインタビュー。熊澤元子先生の試練の中に捧げられた賛美の感動的な証し。教区から育って聖書学院で学ばれている安井巌修養生の詩篇34篇からの御言の解き明かし。最後は賛美「主の祈り」で頌栄。芦田道夫教区長による祝祷と賛美大会は神様の祝福のうちに無事終了いたしました。
神様は、ひとり一人の個性と賜物を用いてくださり、失敗をも用いてくださるのだと感謝したことでした。
土居聖子先生本当にお疲れ様でした。…失礼、千葉聖子先生でした。ブログへのまたのご出演を期待しています。
夫談>私にとっては、笑いネタじゃなくて、頭痛ネタです…ハイ(‥、)\(^-^
)
とも先生の土居教会への滞在も今日(13日)が最後となりました。久しぶりの四国はいかがでしたでしょうか。滞在中に新居浜教会の方々からもあちらこちらからお声が掛かって、引っ張りだこでお疲れになったことと思います。皆さんに愛されている先生でいらっしゃるとつくづく感じたことでした。
千葉和幸先生から電話がありまして、滞在中のエピソードをお聞きすることができしまた。土居教会の
ホームページから、私たち青年主事のブログへのリンクがありますが、とも先生に紹介して下さったそうです。
ところが、とも先生はブログのリンク名を見ながら固まってしまったそうです。
「やまもとで?」「やまもとで?」「何がでる?」「どうしたらでる?」
「お母さん、それは『やまもとで』と書いて『山本いずる』と言う先生の名前よ」
(チャンチャン)。
あー勘違い Part2でした。
敬愛する先生をプログのネタダシにして、おゆるしくださいね。私の大好きなとも先生。いつまでもお元気で。また四国に遊びに来てくださいね。
それから山本出先生のお名前の由来はご本人から直接お聞き下さい。トリビアの泉のへーへーものです。ヒントはモーセ五書にありますよ。
2005年
な○みの洗礼式
証のページへクリック
次女のな○みが、クリスマスに洗礼を受けました。
{{(>_<)}}
牧師の娘として生まれたな○みは、幼い頃から福音に触れて育ちました。

献身者家庭の大変さを受けながらも、教会のお兄ちゃんやお姉ちゃん…沢山の人々の愛の中育まれました。
みなさん…お世話になりました。本当にありがとう!
奉仕や掃除は物心ついた頃から手伝ってくれていた、な○みでした。
親として洗礼を強要して来なかったのですが、
小学校の卒業文集に、小3年生の頃から受洗を考えていたと証を書いていました。
きっかけは昨年の、Youth Jam2004での、素敵な先生との出会い…。
自分の目標の人 Get!! って感じかな?
イエス様を救い主と信じたのは、今年の四国教区のバイブル・キャンプでした。
その先生が、東京から講師として来て下さって導いて下さいました。
(^o^)ヾ(^-^ )
な○み…先ずは目標の日曜学校の先生目指して、まっしぐらにね…。
応援しています。

これから、嬉しい事も、苦しい事、悲しい事が一杯あると思うけど、イエス様の御言葉を信じて、一緒にいるイエス様の事、沢山〜経験して欲しい。
と草場の陰???から祈る親心でした。
2005年12月18日
祝、全国大会出場!
時は飛びまして、晩秋のこの頃…。
アア、この年は太刀魚釣り出来なかったと後悔しまくっています。
さて、長女のゆ○○が、吹奏楽部のマーチングで全国大会を決めました!
周りのメンバーが上手いだけなんですけど…。
高文祭というコンテストで、田舎から松山にお上りした、メンバーご一行様は、
乗る電車間違って、集団で右往左往したそうな…。

なんか、スイングガールズののりで、みんなで「んだず…」言いながら、走り回ったとか…。

帰りのバスの中で、メールで全国大会行き決定を知り…キャア〜涙、涙だったそうです。
が…。学校に着いて、決定の知らせを伝えた先生。きゃあ〜涙を期待していたみたいですが、既に知っていた生徒はテンションがあがらず…「お前ら感動が足りん」と言ったとか…。

親的には「勉強もせ〜よ」ですが…?
2005年11月下旬
「がんばっていきまっしょい」のロケ地へ行ってきました!
夏休み何処にもいけなかった、娘を連れて、「がんばっていきまっしょい」のロケ地
に行ってきました。
<愛媛県大三島の台(うてな)海岸>
愛媛の松山東校出身の作家が、実話をもとに書いた本です。
この「がんばっていきまっしょい」は映画にもなり、(田中麗奈のデビュー作)
根強いファンが、愛媛中心におります…。

それが、この度、TV化され…爽やかな青春ドラマに、すっかりはまってしまった我が家。
子供を連れて行く為というのは口実で、自分達が行きたかったのですが…。
行ってみて、「これぞ愛媛の景色!」海と空、そして緑…愛媛の色でした。

「世界の中心で愛を叫ぶ」や「船を下りたら彼女の島」など、
愛媛は味のある映画の舞台になっています。
←TV「がんばっていきまっしょい」のHPから写真をお借りしました。
(注:妻と娘ではありません)☆(゜o(O=(゜へ゜)Oバコーン
ライバル高校の新海高校の艇舎(裏の壁は造っていなかった)ので、そこで、お弁当を狙う”もも”…

悦ネェ達が座っていた堤防に…
(TV「がんばっていきまっしょい」のHPから写真をお借りしました。)
ももが立つ

ホントに綺麗でした…2〜3年保存するそうなので、また行きます。
下記のアドレスから写真のページが開けます。
http://photo.thi.jp/ganbatte?page=1
2005年8月下旬
定期演奏会
お姉ちゃんが、高校に入って始めた吹奏楽部
ついて行けるかな?
と心配していたけれど…。

3年生の先輩達にとっては最後の演奏会。
とても感動しました。
「ああ、青春してるな」と自分の青春時代にダブらせてみてました。

お友達のひでみちゃん
今も、青春末期ですけど…。
2005年8月中旬
甲子園予選
この夏、愛媛の川○江高校の応援にはまっていました。
川之江高校は、3年前、鎌倉投手(現、日本ハム)を擁して甲子園で活躍した高校です。
ひかりちゃんも頑張りました。
今年、娘が川○江高校に入学して、吹奏楽部で応援に明け暮れた為、お父さんお母さんも応援に明け暮れてしまいました。
ゆりかも頑張った!
高校時代いらいかな? あんなに熱くなったのは…。
応援も熱かったけど、それにしても暑かった! (^o^;...
私の出身地、仙台はまだ甲子園での優勝がありません。

その理由が分かった気がしました…予選大会からあれだけの酷暑の中で熱闘しているからじゃないかと…。
三宅投手 
しかし、川之江高校は選抜に出場した、西条高校に敗れてしまい、ベスト8に終わってしまいました。
(T.T)

甲子園を託した西条高校は、決勝戦で、昨年の夏、甲子園で優勝した済美高校に、延長の10回にサヨナラ負けを喫してしまいました。
(・・、)ヾ(^^
)
素晴らしい試合に、思わずこちらの涙腺も緩んでしまいました…。
今年、私も、彼らの姿から一杯力を貰いました。
という事で、済美高校オメデトウ!
甲子園で思いっきり暴れて来て下さい。
川○江高校が負けた時、応援団長が
「帰って1人になってから泣く」と言ったとか。
青春って良いなと思いました。
熱い心を失わなければ、いつまでも青春なんですよね…。
この大会の写真集をつくりました…右のボタンをクリックして下さい 
2005.7月
小さな○○み見〜つけた!
春です…永遠の小学生のイメージがあった、小さな○○みも中学生!
入学式の前、○○みは、いつもお世話になっている美容院へ髪をきりに行きました。
お金を払う時、「ちっちゃいままだけど、こんど中学生だから二千円ね」と笑って言われ、一応笑っていた○○み、でも心の中はグサッと…。

気を取り直して、今度は学校指定の上履きを買いに行きました…。
今度は「この上靴、サイズが小さくて、ずっと残っていて返品しようと所だったけど、返品しなくて良かった」と言われて、またも、顔で笑って心で泣いて…。

けれど、体は小さいけれど、心は大きい○○み、直ぐに立ち直って入学式に臨んでいました。めでたし、めでたし。
入学式
2005年4月
なるみも卒業
3月24日、お姉ちゃんに続いてナルミも卒業しました。
いつまでも幼稚園児のイメージが残っていたナルミでしたが、
(ノ-_-)ノ"....(((((((●~* ヘ(;>_<)ノ
気づけば小学校の卒業式を迎えていました。
5年前、引っ越して来た当時は、馴染めず苦労していたけれど、
良い友達や先生に恵まれて、何にでも目一杯チャレンジでき、そして楽しそに学校生活をしていた事が親として感謝でした。

最後の退場者…心を込めて礼をしました。
卒業式の前日、我が家に友達が集まって、先生への感謝状(パネル)を作っていました。
いつも一緒だった友達と…。
安藤先生ありがとうございました。
騒いでいたナルミを見たお母さんが、作業をしている友達に、「ナルミうるさいでしょう?」と言ったら、男の子が、「いえ、大丈夫です…慣れてますから…」。
(>o<)
「いつも、どんな生活してたんじゃい!」と思う親を尻目に弾けまくってておりました。 (^_^;
そして、卒業式、みんな涙、涙でした。
安藤先生は、1人〜を良く見て下さりほめて伸ばして下さいました。校長先生も子供達1人〜をいつも見ていて下さいました…それは土居小学校の特徴だったと思います。
そんな先生方への感謝の涙だったと思います。
お世話下さった先生方「ありがとうございました」。
お姉ちゃんの卒業式
3月17日、お姉ちゃんの卒業式が終わりました。
卒業生、在校生、先生方…涙、涙の卒業式でした。
東北の仙台の地から、見ず知らずの四国中央市の土居町に来て5年が経ちました。
卒業式を終え教室で卒業証書を1人〜に渡し終わった先生が「明日からどうしよう」と涙されたとか…。(ノ_;)
篠原先生ありがとうございました。

さやかちゃんと百合香が、クラスメートが1人〜書いた感謝のお手紙を渡しました。
お姉ちゃんの卒業式を見て、良い友人や先生に恵まれて、充実して楽しい中学生活を過ごせたんだなと思い、親ばかですが感動した時でした。

そして、もうすぐ高校生です!
2005.3月17日
捨て犬がありました
昨夜、捨て犬がありました。白い1ヶ月半くらいの可愛い雑種でした。狸みたいでとても可愛い犬でした。

その子は♂で、ももは♀、いろんな事情から、我が家ではこれ以上は飼えないので、あちこちにあたりましたが貰い手が見つからず…マロンでお世話になった磯崎動物病院の先生に相談した所、県でしている動物愛護センターに預けたら、まだ赤ちゃんなので貰い手が見つかるだろうとお聞きしました。
捨てる命なら生まれないようにするのが1番ですが、もし生まれてしまったら、こうした所に登録して、貰い手を探して頂きたいと思います。
夜、遅くまでは勉強で起きていた娘は世話しながら「豆太」と名付けていました。その後も1晩中「くーん〜」鳴く声に起こされたお母さんが世話をしました、「もも」も気になって〜「わんわん、キャンキャン」で、家族は殆ど眠れませんでした。
ももは豆太と遊びたいのですが、まだ赤ちゃんの豆太にはハードらしいので遠ざけるのも一苦労…。
そして今朝、娘が豆太と辛い別れをして学校に行った後、辛い思いで情の移ってしまた「豆太」を役場に預けてきました。
(‥、)\(^-^
)
その10日後に、また捨て犬がありました…2度目のホントに、犬を捨てる行為は嫌いです。

「豆太」に優しい飼い主が与えられるように祈り続ける1日です。
(Mダックスフンドの”もも日記”より)
2005年1月26日
2004年 
ダッピ!?
またまた出ましたお母さんの珍語録
毎年12月に見る事が出来る”双子座流星群”(1時間に50個)を見ようと、夜の10時に、家族総出でベランダで星空を見上げていました。
20分位で成美は13個、私は8個見ました。
5分位で2〜3個見たお母さんは、もう若くないのか???
(永遠の二十歳の筈ですが…
)
首が痛くなり、「1ダッピ」と行って出て行ってしまいました。
「脱落」と言いたかったらしいのですが…いつもの如く、聖子さん語録「ダッピ???」をつくってしまったのでした…。
受けた千葉家の引っ張る事〜、百合&成&和は、流れ星が流れる度に「1ダッピ2ダッピ〜」
見終わり廊下に入ったら、廊下に置いている犬のオッシコシートに、糞(ウンチ)
が…。みんなで下を指さして、「1ダップン(糞)見ーつけた」と、ダッピ&ダップンで盛り上がった千葉家でした。
2004.12月
小学校最後の行事 ”音楽会”
成美の小学生最後の行事になってしまいました。
音楽の河村先生のご指導で、どの学年も素晴らしい発表でした。
一生懸命練習して、臨んだ音楽会。
前日、緊張している成美とお父さんがお祈りした時、「神様が助けて下さる約束の聖書の御言葉を頂戴」と言い出した成美…成長した娘の姿に、感動した親ばか丸出しのお父さんでした。
オープニング

55匹のネコ

アコーディオン この木なんの木 「音楽クラブ」

当日、緊張しながら、精一杯演奏している成美に、努力の跡を感じ、これまた親ばか丸出しに感動した父でした。
2004年11月29日
"ダダ”問答
ある日、千葉家で急に降ってわいた”ダダ”問答!
何の話の流れか?小さい頃、見ていたTV番組「ウルトラセブン」の登場した宇宙人”ダダ”がどんな顔だったのか?
という事になり、聖子さんが、書き始めた「ダダ」の絵です。
聖子作 どちらかというと「カールおじさん?」
ちなみにこれが本当のダダです。
ダダ
何か後ひく笑いでした。
ウルトラセブンに登場した
ポインター&ウルトラホーク1号
2004年11月
最後の運動会
この9月は、百合香にとって中学最後の運動会、成美にとっては小学最後の運動会でした。
百合香案のクラス旗
「ああ青春は燃えるかげろうかあ〜♪」
成美編


マリノッチ&ユキちゃんと

2004.9
お姉さんのお墓参り
聖子さんは、どこから見ても長女の性格ですが、実は3才で天国に召された、松本恵子というお姉さんがいたのです。
恵子お姉さんは、本当は6人兄弟の長女でしたが、3才の時に小児癌で天国へ召されたのでした。
生まれたばかりの聖子さんを抱いてあやしている写真を見た事がありました。
伊予大島教会のお墓にて
遺骨は分骨で愛媛県の大島教会のお墓に葬られていた為、訪れる機会が無く、こちらのお墓は初めてでした。
2004.9
「ム・ムカデ{{(>_<)}}」
8月末…朝晩ようやく涼しくなってきた頃、台風が不気味に迫っておりました。
そんな夜、爽やかにお風呂に入ったお父さんが頭を洗おうとした時、首筋になにやらもぞもぞと…。
鏡に映っている首の後ろに、頭に駆け上がろうとしていた虫が…。
カマキリの子供…???思わず払い除けようとしたのでしたが、万一、ムカデだったらと思い、手で払い除けずにお湯をかぶりました。下に落ちたのは…不吉な予感が当たり、ナント…ム・ムカデ!
{{(>_<)}}
それにしても、カメムシといいムカデといい、何で僕は虫に好かれるのだろう…???
「ああ、土居…」
暮夏の候 28日
水泳記録会
土居町の小学6年生全員と5年生の速い子で開かれる水泳記録会に備え、小6の成美は、日夜猛特訓を積んできました。

本番前夜、メチャ緊張と不安を覚えつつ早めに眠った成美でした。さて、自称「本番に強い成美?」は、バタフライ25mは2位、50mは3位でした。

親バカですが、努力した事とをほめてあげたいと思います。
2004.7/22
新しい家族が増えました。

「また天国でね…マロン」
6月3日の夜、マロンが天国に帰りました。
9ヶ月間、白血病と闘い…6度も奇跡の生還をし、
金メダルをとって、家族の賛美に包まれて、髭を動かして応えながら天国へ帰っていきました…。
心の準備は出来ていたものの…家族の旅立ちはさすがにこたえました。
「新しい家族…ももちゃん」
その数日後、マロンの散歩でお友達になっていたご近所の方とスーパーで出会い、マロンが天国に帰った事とをお話しした所…「うちのダックス・フンドの子犬をお宅に飼って頂きたい」と、忘れられない、もったい、慰めの言葉を頂きました。
「でも、今は子犬を見ながら、マロンの思い出を語ってしまいそうで可愛そうだから」と気づいた時には答えていたのです…。
その1ヶ月後、「昨夜、主人を説得したので見に来て下さい」とお電話を頂き、早速ももちゃんと御対面!
ももちゃんとの御対面
余りの可愛さに、すっかり心はももちゃんモードに…。
3日間、お母さん犬の”ゆうゆう”と共に遊びに来るお試し期間をへて、いよいよ”ももちゃん”が我が家の家族になりました。
今迄、育ててくれた、お父さんお母さん、そして、”お母さん犬の”ゆうゆう”は、娘を嫁に出すような寂しさの中で、”ももちゃん”を送り出して下さいました。
”ゆうゆう”と”もも”と長谷部さん。
ももちゃんは、新しい家族にペロペロ舐めてご挨拶、まるで修学旅行に行った子供の様に、新しい環境に興味津々です。
今、ダンボのように、耳をばたつかせながら走り回っています。
家族は、ももちゃんに夢中…”ももちゃん病”になりました。
もも
心配していた、心の切り替えは、ももちゃんの可愛らしさで吹き飛んでいきました。
決して、マロンを忘れたわけではありません。マロンへの愛と別チャンネルで、ももちゃんへの新しい愛が生まれて来たのです。
きっと、マロンも妹が出来たと天国で喜んでくれているに違いありません。
ももちゃんとの新しいページに期待しつつ…。
2004.7月
マロンの旅立ち
マロンは、昨年から9ヶ月間、マロンが闘病生活をしていました。突然襲ってきた白血病(犬なので正式には断定できないそうですが、それに近い病)との戦いでした。その9ヶ月間の闘病中…6度も奇跡の生還をしたのです。
そして6月3日の朝、マロンが天国に旅立ちました。
12時40分、3回叫んで、心臓が止まりました。
家族の皆を起こし「慈しみ深き」を賛美中、マロンは鼻をピクピクさせて応えながら天国へ召されていきました。
優しい目をしていました。
4歳9ヶ月でした。
マロンは学校で拾った犬でした。3匹捨てられていて、1番小さくて、震えていて(心臓が弱かったからかな?)、その晩中に死んでしまうと思って1晩保護してあげようと思って家族になった犬でした。
マロンという家族が出来て、転校してきて学校に馴染めず、4ヶ月も熱が続いていた子供や、私も癒され…。
私が徹夜をすると、傍にいてくれ…。
家族がケンカをしてると仲裁に入り…。涙を流していると舐めてくれ…。
そんなマロンがいなくなる事など、全く考えもしなかった昨年の秋、突然調子を崩して、病院に行き、1ヶ月後にまた、調子を崩した時、今夜1日の命?と言われ、帰り道の海の所で、車から降りて泣きながら海を見せてあげました。

でも、この後、8ヶ月間、闘病をし続け、私達のもとにいてくれたのでしたた。
1番頑張ったのは、マロンでした。金メダルですね!
お母さんも頑張りました…1日5回もおしっこに連れて行ってくれました。(勿論、家族も手伝いました)。お母さんは病院通いもしました。
お父さんは、ご飯を食べられなかったマロンに、食べ物を調合して、ペーストづくりして、注射器の針をとって注射器であげました。(なるみは名人でした)。マロンは毎日、震えながら、そのペーストを頑張って飲みました…生きる為に。
召される2週間前から、よくお祈りのポ−ズをしてました。会堂に降りていって、お祈りのポ−ズで寝ていたり…。しんどかったから、静かな所に居たかったのかも知れないけど、今でも不思議です。

最後の日、そのペーストも吐いてしまった時、ゆりかがアイデアをくれた特別バージョンのペーストをマロンは食べました(マロンは、嬉しかったのでしょう)。
マロンの葬儀の時、子供達もイエス様を信じて、天国でマロンと合う決心をしました。そして、みんなで肩を抱き合って祈りました。家族の優しさを引き出してくれた犬でした。
よく「頑張って、世話したね」と優しい言葉を頂きます…でも?頑張ったとは思えないんです。マロンがそれ以上のものを与えてくれていたのだと思います。
四国中央市三島の、磯崎動物病院(←クリック)の磯崎先生。本当にお世話になりました。先生の優しさのおかげで一生懸命看病が出来ました。また、磯崎先生を御紹介下さった重松先生もありがとうございました。心配下さって何度もお電話を頂きました。
マロンを愛して下さった方々にも感謝します。マロンは、家族の1員としての使命を果たし終えて天国に帰りました。私達は、マロンを忘れません。
マロンも天国で私達の事を思い出していてね。また天国で…マロン
。
お祈り下さった方々の上に、イエス様の祝福が豊かにありますように。
家族を失った悲しみは尽きないけど…今家族が1つになっています。
皆様の祝福を祈りつつ…」
PS:マロンが天国に帰って3日後、1人でいた時、ぷーんと、あの懐か しい、マロンのお○らの臭いがしてきて…。
その日は雨だったんだけど…5分後にお母さん帰ってきた時、雨の中、散歩に連れて行った時のマロンの臭い(雨に濡れた体臭)が、ドアを開けた時に迎えてくれたのだそうです。
お別れして、天国に行ったのかな?
最後まで優しい思い出を残してくれたマロンでした。
(マロン通信より)
2004年6月3日
昨年のお正月につくった、”宇宙戦艦ヤマト”のプラモに続いて…。
今年のお正月は、サンダーバード!
2004/1月
小さな頃、あこがれたサンダーバード…今年は実写版が制作されるそうです。
サンダーバード1号
サンダーバード2号
注:1号と2号は宇宙を飛びません…あしからず (-_-;
サンダーバード3号
飛行機やロケットが、戦争ではなく、人命救助に使われる日が、1日でも早く来るように祈りつつ…。
2003年 
西条のイルミネーション
TVで紹介された「愛媛NO1」朝日新聞には、「西日本NO1」となっていました。
西条のイルミネーション!
これ、普通の民家なんですよ…近所の主婦達の共同作品なんだとか?
いやあ、見事なもんでした。
2003年12月


土居町音楽会 2003年12/3
土居町内小学5年生合同音楽会で、無事に挨拶出来て「ほっ!」のナルミでした。
緊張でまぶたが”つっぱって”いました。

身長の関係か?頭の上だけ写っちゃいました。
いやあ、みんな上手なもんでした。
土居町釣り大会! 2003年5/5
今年も来ました5月5日の子供の日、土居町恒例の”釣り大会”の日がやって来ました。
朝から張り切って、車を5分も飛ばして釣りに行ったお父さんを、のんびり見物にやって来たお母さんと成美。
折角釣った6匹目を逃がして、頭から湯気出していた、お父さんの後ろで、なんと成美が、愛媛新聞から取材を受けていたのでした。
by 愛媛新聞…「同日は暑いほどの陽気で、川遊びにも絶好の日和。子どもらは水着に着替えたり、ズボンをまくりあげて川に入り、冷たい水の感触を楽しんでいた。同町土居、土居小五年干葉成美さん(10)は「川に足を浸すと気持ちよかった。バーべキュ−をして、お父さんが釣った魚を食べるのが楽しみ」と笑顔で話していた。」
何とか5匹は釣ったものの、バーベキュ−には物足りず、娘ばかりが取材され、不完全燃焼のお父さんは、午後から新居浜港に行って、カタクチイワシを、170匹釣りましたとさ!
でも、しっかり日焼けで皮がむけて苦しみました…ナ、ナントモ!
(;^_^A
2003年5月5日
2003年ヤマト発進???
お正月が明け、昨年から夫婦で通っていた、歯医者さん通いが今年も始まり、正月気分が吹っ飛んで行きました!
土居で良い歯医者さんと出会い、仙台時代治療した歯も、夫婦で治療しなおして頂いてます。
今年のお正月は、宇宙戦艦ヤマトの制作に明け暮れました。
2年半前の誕生日に、娘達からプレゼントされたプラモデルです。
気持ちと時間に余裕がなく、お正月にこそ造りあげようと、懸命に時間をつくって、1週間かけて、ついに完成たのです。
ヤマトの歌をかけながら…♪。
飛んでるように見えません?
犬にとっては、ラッカーやシンナーの臭いは電撃ショックだったらしく、逃げ回りベランダで震えていました…。

子供っぽいと思いましたが、30年ぶりのプラモづくりが、こんなに、気分転換になるとは思いませんでした。

(バックの星は、黒画用紙に絵の具を筆につけてはじきました。惑星はインターネットから写真を印刷して切って貼り付けました。)
小さい頃から星が大好きで、松本零士にはまっていたので、宇宙戦艦ヤマトも大好きでした。
来年は、アルカディア号でも造ろうかなあ。
ともかく、2003年が発進致しました。平和な年になる事を祈りつつ…。
2003年 正月明け
2002年 
見たぞゴン中山、さよなら高原!
今年の我が家のクリスマスプレゼントは、サッカー天皇杯の、ジェフ市原VSジュビロ磐田の観戦でした。
実は、1つ前のベガルタ仙台VSジェフ市原戦で、ベガルタ仙台の勝利を祈って購入していたチケットでした。
でも気分を入れ替えて、クリスマスプレゼントとして、ジュビロ磐田を応援に行く事に…。
(T.T)シクシク
讃岐うどんツアー以外で、初めての in丸亀(四角い亀もあるんかい?)( -.-)/☆(
+.;)ポカッ
丸亀競技場は3万人以上も入る素敵な所でした。カクテル光線に胸躍らせて入場した時、思わず仙台スタジアムを思い出してしまいました。「ああ、ベガルタ仙台の応援がしたかった…。」
も1つ、一生残る思い出が…「寒かった!」
強風に加え雨が…降水確率0%だったのに!
おそらく、体感温度0度以下の極寒の中、上6枚にホッカイロ+マフラー+ポンチョ
お尻の下には新聞紙に、足には膝掛け…でも、そんなんじゃどうにもならん位寒かった! ああ寒かった!…観客九千人もっと暖かかったら、もっと入ったのに!
サンタクロース状態での観戦スタート…。

熱烈な二百名のジュビロサポーターの声援を背に、ゴン中山の空を飛ぶ様なヘデイングシュート!…惜しくもバーで跳ね返りましたが、しっかり目に焼きつきました。
そして高原の勇姿!…高原の顔って、モアイ像のようでした。身のこなしは、アフリカの選手のようだったです。
(この敗戦で、高原にとって最後の日本での戦いとなってしまいました…試合後、先輩、中山と、後輩高原の目に涙があったそうです)
左 高原、右 ゴン中山
そして福西(新居浜出身の日本代表選手)が光っていました。
それと、西という選手も目につきました。
わーわー、キャーキャー叫んだり、審判をなじっている内に、寒さも忘れてしまいました…でも寒かった。
結果は、1ー0で、ジェフ市原の勝ち!「ああ、これがベガルタ仙台だったら!?」「ああ、W杯を観たかった???」
こんな過酷な観戦でしたが、一家かそろって大喜びでした。帰りの車の中、冷え切った耳がジンジン熱くなって大変でした。
それにしても、ジュビロ磐田って、全日本の選手が多いですよね!
2002.12月25日
音 楽 会
小学4年生の成美が、学校の音楽会で、和太鼓をたたきました。

毎日〜一生懸命練習していた成美、超緊張して、お祈りして臨んだ本番!
写真を見ておわかりの通り、ちびっちい成美は、頭半分しか見えなかった…。
でも、その小さな躰全体で、音楽を思いっきり楽しみながら、太鼓をたたく姿に、ちと感動してしまいました。
親ばかですね!…でも、成美からの素晴らしいプレゼントでした。2002.12月初旬
自 然 児
ある日、学校から帰ってきたナルミ(小4)
百合香とマロンと成美(右:小2時)
お母さんに、何か「ごちょごちょ」
聞き耳を立てていると…。
「帰り道、ヘビがカエルを食べてた…じっと見て来た」と…。

たんたんと話すナルミの姿に唖然とする父母
3年前、仙台から土居に越して来た時は、虫を見ても、
「キャ〜、キャ〜」言ってたのに。
「恐るべし、自然の力!」

ああ〜自然児!
2002年10月
かめむし
さて、また事件が起きました…。 ^-^;アハハ
あの日は朝まで格闘でした。 カメムシと格闘した夜でした!
朝の3時過ぎ、耳に何か入ったと夢の中で感じ、無意識に 耳をほじったのです…その時、何かがツルンと耳の奥に…。
現実に戻された時、それは激痛との戦いの幕開けの時でした。
夢の国に行っていた、聖子センセをこの世に呼び返し、ピンセットでつまみ出して 貰おうとしたのですが…。 カメムシの足のひだが逆向きの為、痛みと血潮が…。

誰の贖いにも成らない血潮を流しながら救急病院へ…。
o(><)o
お医者さんは「ムシの足が見える…痛み止め出しときます。今夜は機械が使えない ので明日の朝来て下さい」と帰されました。 (o_ _)oドテッ!
そして朝、無事ムシを取り出した、お医者さんや看護婦さん達は、虫を覗き込ん
で…「これ生きてるやろか?」とか「これなんだろう???」とごちょごちょ。
私が「ああ、これ、カメムシです」といった時、笑いの空気が部屋中に…(^(エ)^)
「持ってかえりますか?」とお医者さん。 「いえ、入りません」と私。「じゃ、記念に寸法計りますね…1p」
家に帰った私に子供が「耳の中臭くなかった?」…「耳に鼻あるかい!」と 私。…。 
以来、何かある度、家族からは「カメムシ」と迫害されてます。
2002年9月初旬
2002年 
W杯!
勝ったぞニッポン!!
全日本、福西(15番)の地元、新居浜の隣の土居は熱いです???
新居浜のイオンの食料売り場のおばちゃんに
「福西出るかしら?…あの子、近所で、とっても可愛かったのよ!」
って言われても…困りましたが、
「出ますよ。良い選手ですから…戸田和幸は、後ろに福西が入ると前で闘いやすいって言ってましたよ」とか何とか言ってたら、おっちゃん達が集まって来て大変でした。

そんな中で…W杯ニッポンVSロシア戦!
千葉家も、TVの前で用意万端整えて、しっかり「日本勝利をお祈り」して、TVの前で、「ニッポッン・コール」で迎えました。

(応援に向かう戦士?達)
日本代表のTシャツ、ベガルタ仙台のタオル、広島カープのメガホン?(百合香の修学旅行のお土産です…ハイ)、そして中田の手作り背番号を背中に貼っての応援となりました。
(わけ分からん組み合わせですが… f(^_^)ぽりぽり)。

そして、祈りが叶ってのニッポン・ゴォォォォォォールッ!

「やった〜!! \(^O^)/ぅお〜」

「このまま終わってくれ!」
試合終了間際…娘は「心臓が破裂しそう」と言って画面が見られないようでした。
でも、下の娘の成美とマロンは力尽きて…。
力尽きた戦士達??? (_ _)Zzz
そして、ホイッスル
一瞬の間が流れ(韓国が48年かかった、W杯1勝を僅か4年で実現…何処か信じられなかった間だったのでしょうか?)
「やったぞ、ニッポン!」
夢が実現した瞬間を、抱き合って喜び合った千葉家でした。
翌朝、新聞を読みあさった所、どれも1−0で日本が勝ってました!
「当たり前じゃ〜」 ( -.-)/☆( +.;)ポカッ
素晴らしい感動と想い出をくれたニッポン代表戦士達に心から感謝!
2002,6/9
W杯観戦レポート
仙台の(元)青年??? m(_ _)m
から頂いたW杯観戦レポートを、メチャ羨ましいので勝手に載せさせて頂きます(千葉談)
「千葉先生が仙台にいたら,
いてもたってもいられないだろうな〜!」
思いがけず、チケットが手に入り、
W杯(メキシコvsエクアドル)を見に行ってきました。
(千葉談>ハイ、聞かなかったら諦めておりましたが、聞くと居ても立ってもいられません…すねて寝てます(_
_)Zzz)
メキシコ人は陽気な奴らでしたよ!
(千葉談>あなた達も十分陽気です。♪└|∵|┐♪└|∵|┘♪┌|∵|┘♪ズンチャ♪ズンチャ♪…ちなみに、メキシコ1vs0エクアドルでしたね)
注:右端の怪しい人がKINチャンで、右から2人目がみきちゃんです。おそらく宮城スタジアムにて。
イタリアは来るし、
日本は勝つし、
利府は熱いし(明日はスウェーデン戦!)
(千葉談>さっき、FIFA2位のアルゼンチンが、スエーデンに負け、1次敗退が決まって泣いておりました。(T.T) 宮城スタジアムで歴史が生まれましたね!)
フランスはまさかの展開になっていますが、
W杯おもしろいですなぁ〜。
ああ、私がサッカーにはまっちゃうなんて・・・
きっと、終わってもベガルタサポーターとかになっちゃいそう・・・
(千葉談>ベガルタ仙台を宜しく!)
KINちゃん(旦那さんの事です<千葉談)は、ますますサッカーバカ(不適切な表現でスミマセン<千葉談f(^_^) )になってゆく〜。
(↑毎日全試合ビデオにとりまくってます。何本あっても足りないよ〜!)
あ〜楽しかった(^^)
みき かねだでした。
(千葉談>あ”〜悔しかった!(-_-#)ピクピク…でも、前回のW杯予選の時、みんなでTVを観て盛り上がったよね。ホントみんなとまた観たかったです!) 2002年6月12日
ミキちゃんのW杯? 続編
(千葉談>続いて、ミキちゃんのW杯レポートです!…こうして人に書かせるのが私の悪い癖! ねっ、"おそるべし讃岐うどんツアー”のレポーター?の某、佐○先生?)
オ〜レ!
メキシコvsイタリア戦見ました!?
(千葉談>勿論! 凄い試合でした!…私は決勝Tがかかったイタリアを思わず応援していました。この上、イタリアまで姿消したら淋しすぎますから)
イタリアのMFジャンルカ・ザンブロッタ(背番号19)とメキシコのMFラモン・モラレスの芝生の上で激しいタックル
我らがメキシコ(←すでに大ファンになっちゃった)
堂々の引き分けです。イタリアほんとに苦戦でしたね。
デルピエロでなかったら負けてたじゃないですか。
怪しいKINちゃんとみきちゃんと、某メキシコ人
メキシコ、体力あるわ、ボール回しうまいわ、かにバサミするわ、
おもしろいです〜!決勝リーグの台風の目になるのは間違いないすね!
(千葉談>私も顔はデカイわ、腹もデカイわ、ダジャレは外すわ)
m(_ _)m
エクアドルが勝ったおかげでイタリアも決勝行けるし・・・
しかしトッティーはほんとにかっちょいいですね!
さて、
明日は日本戦!!!!
千葉家、盛り上がってますね〜!HPみましたよ!
この間の日本vsロシアは佐藤家でみました。4姉妹+ママがみんな
サッカー好きなので、それはもう大盛り上がりでした。
でも、写真で見る限り、千葉家の応援もかなり力入ってますね〜
(千葉談>いやあ〜それ程でも(・_・)☆ヾ(^^ ) )
ビバ ニッポン!
明日もきっとサムライたちはやってくれるでしょう!
でもバッチリお仕事中なのですね、くぅ〜休みたい!
チュニジアの監督のコメントおもしろかったよ。
「ニッポンには勝てるわけないよ・・・彼らは盛り上がってるし、
なにしろホームだからね・・・」
このコメントが作戦なのか本心なのか。ちなみにチュニジア現地の
若者のコメントも。
「ニッポンとチュニジア、両国で決勝に行こう!」
お国柄なのかな。いい人たちのようです。
でも、サムライは負けまへん!(←何時から関西人になったん?<千葉談)
明日、福西出られるとよいですね〜(^0^)
こんなわけですっかりW杯にはまってる私です。
この間、利府にメキシコvsエクアドル戦見に行っておもしろかった〜!
超陽気なメキシコ人と一緒に笑ったり歌ったり♪
彼らはきっと負けてもフーリガンにはならないね。
あんな陽気な奴らのたくさんいるメキシコに是非行ってみた〜い!!
(千葉談>メキシコ人達は、凄く陽気で良い奴らだったみたいです