「一致によって成長する教会」
使徒言行録18章1〜4節
18:1 その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。
18:2 ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、
18:3 職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。
18:4 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。
エフェソ人への手紙4:1〜13
4:1 そこで、主に結ばれて囚人となっているわたしはあなたがたに勧めます。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み、
4:2 一切高ぶる事なく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、4:3 平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。
4:4 体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。
4:5 主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、
4:6 全ての者の父である神は唯一であって、全ての者の上にあり、全ての者を通して働き、全ての者の内におられます。
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4:12 こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、 4:13 ついには、私達は皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ち溢れる豊かさになるまで成長するのです。
ecutive
Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible
Society,Tokyo,1987,1988,1995
「一致によって成長する教会」
使徒言行録18章1〜4節。<中心聖句>エフェソ人への手紙4:1〜13. 2007.11/18
今、私共は、”天国を目指す神の民の歩み”について学んでおります。何度かお話して参りましたが、”教会は、この世という罪の嵐の中に浮かんで天国を目指すノアの箱舟”です。
”ノアの箱舟は、全地を飲み尽くす大嵐の中で浮かび続け、ノアの家族や、一つがいずつの全ての動物を救った”のでした。”人が教会につながる時、キリストは、どんな罪や苦難の嵐からも、その人を守り抜き、天国まで導いて下さる”のです。
今朝は、”教会は、どうしたら天国を目指すノアの箱舟となれるのか”を学んで参ります。”チーム・ワーク”という言葉があります。スポーツ等で、”勝利を目指して、チームの仲間と力をあわせる事”です。どんなスーパースターがいても、このチームワークが無いと勝利出来ません。命を扱う手術に於いてもチームワークが大切なのだそうです。そして、永遠の命を扱う、”教会に於いてもチーム・ワークは大切”なのです。
教会のチームワークには、単なる仲の良さより、”もっと〜深い意味がある”からです…それは、”一つの共同体になる事=一つのキリストの躰になる”事だからです。
”自分の身体の場合、気に入らない所や、欠点、また障害や病があったとしても、それを切り捨てたり、取り替える事は出来ませんから、受け入れて他の部分で補います。それが、キリストの躰である教会の姿でもある”のです。
前任地で、開拓伝道をしていた時に、1人で礼拝をした経験がありますが、礼拝にならなかった事を忘れる事が出来ません…”礼拝は、キリストにつながった2人、もしくは3人以上の者が集まって、はじめて成り立つもの”だからです。
”使徒パウロは、三回の伝道旅行に於いて、ヨーロッパや、アジアに多くの教会を開拓する偉業を成し遂げ”ました。しかし、”そのパウロにしても、開拓伝道は独りでは出来なかった”のです…今朝登場します、”アキラとプリスキラの夫婦は、使徒パウロと開拓伝道を共にした信徒”でした。
夫のアキラは、アジアで生まれたユダヤ人、妻のプリスキラは、ローマ人で身分の高い貴族の出身でした。”二人は始め、ローマに住んでいましたが、ローマ皇帝クラオデオの命令で、ユダヤ人が、ローマの都から追われ、ギリシャのコリントに移り住んでいた”のでした。”アキラとプリスキラは、そのコリントの町で、使徒パウロと出会った”のです。
”アキラとプリスキラが、コリントに導かれたのは、3人が出会う為の神の御計画だった”のでした。”実はその時、使徒パウロは、とても気落ちしていた”のです。どんな時でも、聖霊の臨在に満たされていたパウロが、そうした心情を吐露するのは珍しい事でした。
何故、使徒パウロが気落ちしたのでしょうか?…それは”アテネでの伝道が原因”でした。”迫害下にある者は、聖霊の臨在を祈り求め、忍耐と言う力を与えられます”。けれども、”不意を突かれるような挫折の中で、人は人間的な弱さを味わう事が多々あります…例えば、伝道が進まない事や、内からの心ない言葉で心がくじけたりする”のです。
”神は、そうしたパウロに、アキラとプリスキラ夫婦との出会いを用意しておられ、パウロの心に癒しを与えられた”のでした。阪神淡路大震災の時、神戸教会に避難していた信徒を取材に来た新聞記者は、「此処だけ別天地。記事にならない」と言ったそうです。彼等が遭った被害が小さかったからではありません。”神を見上げている者同士の会話が、無意識の内に、お互いをカウンセリングしあう結果となっていたから”だと思います…”パウロも、アキラとプリスキラの家に住み、主にある交わりの中で癒されていった”のでした。
また”パウロは、彼等と一緒に天幕作りの仕事をし、金銭的な必要を与えられたのでした…何よりも、霊的に満たされ、再び、伝道前線に戻っる事が出来た”のです。こうして、”コリントの地に教会が誕生した”のでした。
その後、使徒パウロは、アジア地方に行き、エフェソの町で開拓伝道を始めました。アキラとプリスキラは、使徒パウロと共に開拓しようと、パウロと共に船に乗り込みました。エフェソについたアキラとプリスキラは、そこでも”家庭集会を始め”、そうしてエフェソの地にも、”教会が生まれた”のでした。
”使徒パウロは、エフェソの地でも、アキラとプリスキラに助けられ、二年以上伝道をして工ルサレムに上って行きました”…この後、”アキラとプリスキラは、”信徒伝道者となって、エフェソ教会に残って牧会した”のです。おそらく相当寂しかった事と思います。
しかし”神は、このエフェソの地に残ったアキラとプリスキラとに、アポロとの出会いを用意しておられた”のでした。アポロは、学問の都アレキサンドリヤ出身で聖書学者でした。
しかし、この時、”アポロは、バプテスマのヨハネの洗礼までしか知らなかった”のです…そこで、”アキラとプリスキラは、アポロを家に呼び、愛と心を込めて、聖書から、聖書が預言している救い主こそ、イエス・キリストである事を説いた”のでした…こうして、”アポロは、キリストを救い主と信じ、そのキリストを宣教する為にアカヤの地に旅立って行った”のでした。
しかし、その”アポロの替わりに、パウロが戻ってきて、そのエフェソの教会で、2年以上伝道した”のでした。
エフェソ人への手紙4:1〜13「…私はあなた方に勧めます。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み、一切高ぶる事なく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、平和の絆で結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。体は一つ、霊は一つです。それは、あなた方が、一つの希望に預かるようにと招かれているのと同じです。
こうして、聖なる者達は奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、私達は皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ち溢れる豊かさになる迄成長するのです。」
このように、”教会は、キリストを救い主と信じた者達が、一つの十字架の御前に罪を悔い改めて、一つの聖霊を受け、その聖霊によって一致して、一つのキリストの躰とされた者達の共同体”なのです。具体的に申しますと、”キリストの躰とされるという事は、キリストと一つになる事、またキリストの御心と自分の心が一つになる事なのです。そこからキリストの愛への応答として奉仕や宣教が生まれるのです。
使徒パウロはロ−マの信徒への手紙の最後で、「キリスト・イエスにある私の同労者」として、アキラとリスキラの名前を挙げています。”彼等は、聖霊によって一致して、共に福音の前進の為に働いた同労者だったから”でした。神は福音の前進の為、そんなアキラとプリスキラを用いようと、エフェソからロ−マに戻る道を開かれたのです。
彼等はローマでも、家庭集会を開き、教会を築いたのです。またパウロは、アキラとプリスキラの事を「私の命を救う為に、自分をさえ差し出してくれた」と記しています。”おそらくパウロや,ユダヤ人をかくまう為、死を覚悟する事を何度もしたから”と思います。パウロが法廷に引き出され、「天下をかき回したもの」「疫病のような男」と”忌み嫌われた時も、危険を顧みず家を提供した”のでした。ですからパウロは、「異邦人の全ての教会も、彼等に感謝している」と言ったのです。
このように”教会が、聖霊によって一致して行く時、教会はキリストの躰となるのです…そうして教会は、人を救い、天国まで人を導くノアの箱舟となる”のです。