「信仰を継承する交わり」
       

1コリント4章14〜21節
4:14 こんなことを書くのは、あなたがたに恥をかかせるためではなく、愛する自分の子供として諭すためなのです。

4:15 キリストに導く養育係があなたがたに一万人いたとしても、父親が大勢いるわけではない。福音を通し、キリスト・イエスにおいてわたしがあなたがたをもうけたのです。

4:16 そこで、あなたがたに勧めます。わたしに倣う者になりなさい。

4:17 テモテをそちらに遣わしたのは、このことのためです。彼は、わたしの愛する子で、主において忠実な者であり、至るところのすべての教会でわたしが教えているとおりに、キリスト・イエスに結ばれたわたしの生き方を、あなたがたに思い起こさせることでしょう。

4:18 わたしがもう一度あなたがたのところへ行くようなことはないと見て、高ぶっている者がいるそうです。

4:19 しかし、主の御心であれば、すぐにでもあなたがたのところに行こう。そして、高ぶっている人たちの、言葉ではなく力を見せてもらおう。

4:20 神の国は言葉ではなく力にあるのですから。

4:21 あなたがたが望むのはどちらですか。わたしがあなたがたのところへ鞭を持って行くことですか、それとも、愛と柔和な心で行くことですか。

ecutive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995


           「信仰を継承する交わり」

                     1コリント4章14〜21節.2007.10/28

 今、私共は天国を目指すクリスチャンの歩みについて学んでいます。20節に「神の国は言葉ではなく力にあるのですから」とあります…今朝は、”天国へ入る為の切符である、命ある信仰を継承する事”について学んで参ります。

 習字を学び始める人は、お手本を下に敷き、白紙を上に置いてなぞって練習します…それは”信仰を継承する場合にも言えるの”です。たとえば、”祈る人は、祈りと祈りから生まれる信仰の言葉が分かるので、祈りの先輩との交わりを求め”ます…毎年、全国から、何人かの方が、”祈りの友との交わりを求めて、土居の地に来られ”ます。”信仰者は、先輩の信仰者と交わり、信仰を継承したいと思う”からです。

 そのように聞きますと、”信仰は、お稽古事のように、学び習う物なのかと感じられたり、律法のように「〜しなければならないのか?」と感じる方もおられるかも知れませんが、決してそうではありません。信仰はあくまでも、キリストを、救い主と信じた心に生まれる、神の圧倒的な恵みに対する、自発的な応答”なのです。””恵みを受ける為にこそ、信仰生活を継承する事が大切”なのです。

 今朝、共に学ぶ”テモテは使徒パウロの信仰の後継者になった人”でした。”パウロにとって、テモテは他人でしたが、「主にあって愛する忠実な私の子」と呼ぶ程の霊の子だった”のです。今朝の聖書の箇所には、”パウロは、自分がキリストの臨在と共に生きている、信仰生活をコリントの教会に見せる為、代わりに、テモテを遣わした”とあります。

 ”コリントの教会は、様々な問題を抱えた腐敗の温床”でした。”パウロは、信仰の命を失っていたコリントの教会に、キリストの臨在に生きる信仰を、見せ、継承させる必要を感じた”のでした…”信仰継承には手本が必要”なのです。

 ”パウロはテモテの事を、「信仰による私の真実な子」(1テモテ1章2節)と言いました。パウロが手塩にかけ信仰を継承した人”でした。”テモテこそ、パウロの信仰生活を見せる事が出来る唯一の人物”だったのです。

●テモテとパウロの出会い(使徒16章1〜3節)

 ”テモテとパウロが出会ったのは、ルステラにおいて”でした。”第一次伝道旅行の時、バルナバとパウロが、ルステラで足の悪い男を癒した時、町の人々がバルナバとパウロを神々の化身と思い、犠牲を携えてきて大騒ぎとなった”のでした。

 ”そして、それを見たユダヤ人達が嫉妬して、町の人々を扇動しパウロを石で撃ち殺そうとした”のでした…使徒言行録16章1節に「そこ(ルステラ)にテモテという弟子がいた」と記されています。”第一次伝道旅行時、この最も困難だったルステラ伝道で、救いの実を結んだのがテモテだった”のです。

 テモテヘの第二の手紙には、クリスチャンだったテモテの母ユニケ、祖母ロイスの事が記されています…”テモテはクリスチャン3世”でした。けれども、”テモテの父はギリシャ人”でしたので、”割礼を受けていなかった”のです。”ユダヤ人で割礼を受けない事は考えられない”ので、”テモテの家庭は、かなりギリシャ的な生活習慣の中にあった”と思われます。けれども”ユダヤ人として、幼い時より聖書に親しんでいた事”が、使徒3章15節に記してあります。

 ”パウロは、第二次伝道旅行に、このテモテを連れて行きたかった”ので、”彼に割礼を受けさせ”ました。”救われる為には、割礼が必要ない事に、ユダヤ人が気づき始めていましたが、パウロは、一刻も早く、テモテがユダヤ人社会に受け入れられて伝道出来るようにとの親心から割礼を受けさせた”のでした。

●親身になってフィリピ教会を心配したテモテ (フィリピ2章19〜23節)

 ”パウロは、第三次伝道旅行時にローマで投獄され”ました。そして、”その獄中から、フィリピへの教会に手紙をしたためた”のでした。その”手紙の差出人を、パウロはテモテと連名”にしました。おそらく”目の悪かったパウロが口述したのをテモテが筆記した為”と考えられています。

 ”フィリピは、第二次伝道旅行で、パウロ一行が最初に訪れた町”であり、”ヨーロッパ最初の福音宣教地”でした。また、”パウロの宣教活動の初期に、物質的に経済的にも支えてくれたのがフィリピの教会だった”のです。

 この時、”獄中のパウロの下に、久しぶりにフィリピ教会からの献金が届いた”のです…それが、”どんなにパウロの心を励ましたか”と思います。そこで”パウロは、感謝の手紙をテモテに託してフィリピの教会へ遣した”のでした。

 そこに、「テモテのような心で、親身になってあなた方の事を心配している者は、他に一人もいない」と言って、”テモテの成長を記した推薦書も添えた”のでした。”テモテは、パウロと同じく、自分の為には何も求めず、キリストの為、即ち、福音宣教の為、教会の為、心配し祈る伝道者に成長していた”のでした。

 またパウロは、テモテについて述べ、「テモテは、子が父に対するように、私と一緒に福音に仕えてきた」と言われました…”囚われ人パウロの身の回りの世話をしながら、共に教会の為に祈り、パウロが口述した手紙(聖書)を書いた”のでした。そこには、”実の「子」以上の神の愛による霊の親子としての交わりがあった”のです。

●その後のテモテ

 ”パウロの晩年、テモテは教会の指導者となり”ました。その辺の事情をテモテヘの第一・第二の手紙が記しています。”若い伝道者であったテモテは、若い為に軽んじられる事があった”ようです。時には、”教会の問題で疲れ果てた事もあり、伝道牧会の重荷から胃を壊して、パウロに、「これからは、水ばかり飲まないで、胃の痛みを和らげる為に、少量のぶどう酒を用いなさい」と勧められもしたのです。

 ”パウロはテモテの弱さを受け入れていた”のです…”その上でテモテに「私の按手によって内に受けた神の賜物を再び燃え立たせなさい」(2テモテ1章6節)と言って励ました”のでした。それは、”あなたが立ち直った時に、何度でも信仰に立ち上がれば良い”と言う事でした。この事は、”全てのクリスチャンにも言える事”です…”クリスチャンにも弱さがあって良いのです…悔い改めて、恵みによって何度でも立ち上がればよい”のです。

 やがて”テモテは、パウロと同じく囚われの身”になりました。ヘブライ人への手紙3章23節「私達の兄弟テモテが釈放された事を、お知らせします。もし彼が早く来れば、一緒に私はあなた方に会えるでしょう」から分かります…”「信仰による真実な子」テモテは、イエス・キリストの臨在に生きた、霊の父パウロの信仰を継承していた”のです。”教会の交わりは社交場のような、楽しいだけの交わりではありません…信仰を継承する交わり”なのです。

 たとえば、”牧師と信徒の交わりは、信仰の継承を生み出し”ます。前にもお証しましたが、私が救われて間もない頃、”牧師から「人生の選択をする時には、損をする方を選びなさい。その方が主イエスの御心である場合が多い」と教えられた言葉は、私の人生を決定づけ”て参りました。”恩師自身がそう生きられたから”です。”教会の交わりは、信仰を継承する交わり”なのです…”私共は、主に与えられている、この交わりの場を、信仰継承の交わりとして大切にして行きたい”と思います。