「平和を作り出す人
       

使徒言行録9章26〜31節
9:26 サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた。

9:27 しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。

9:28 それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった。

9:29 また、ギリシア語を話すユダヤ人と語り、議論もしたが、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。

9:30 それを知った兄弟たちは、サウロを連れてカイサリアに下り、そこからタルソスへ出発させた。

9:31 こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。

ecutive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995


               「平和を作り出す人」

            
使徒言行録9章26〜31.2007.10/21

 
今、”出エジプトから始まって、天国を目指す神の民の歩み”について学んでいます。”天国(神の国)は、神が愛と力によって完全に支配される平和な所”です…”神を信じた者の心は、聖霊なる神に支配されるのです。正に、”天国の先取り”です。

 クリスチャンといえども、世の嵐に翻弄される時、苦しみ悲しみます。しかし、その、”世の嵐の中でも、心の底に残る平安”なのです…その平安は、十字架の罪の赦しを信じた者の心に与えられる神の平安です。そして、その”神との平和(平安)は、どんどん成長していく”のです。

 心で神の国を先取りしているから、”クリスチャンは、天国を信じ待ち望む事が出来る”のです。

 ”今朝は、心の内に、神との平和(平安)を持つ者は、地上にも平和を造りだして行くと言う事を、バルナバを通して学んで参り”ます。

 ”バルナバの一番の功績は、サウロ(後のパウロ)を、エルサレムの使徒達に仲介した事”でした。元々サウロは”熱心なユダヤ教徒で、タカ派のファリサイ人”でした。日本風に言えば新撰組です。

 ですから、”ユダヤ教徒の異端と思われていたクリスチャン討伐の先鋭として奔走していた”のでした。そんなサウロが、クリスチャン討伐の為にダマスコに向かう途中、”天からの光に照らし出されて、「サウル、サウル、なぜ、私を迫害するのか」と言うキリストの御声を聴いた”のでした。

 その時、”サウロは、自分達(ユダヤ教徒)が待ち望んでいた救い主こそ、先に十字架に架かられたキリストだと悟った”のです。そして直ぐに、”洗礼を受けた”のでした。

 ”その事をパウロは、ガラテヤ1章11〜24節で証言しています…「兄弟達、あなた方にはっきり言います。私が告げ知らせた福音は、人によるものではありません…イエス・キリストの啓示によって知らされたのです」”と…。

 ”回心後、3年間、サウロは退いて聖書を福音の光によって学び直しました。そうして伝道者としても整えられ”ていたのです…しかし,その後、サウロが使徒達に会う為に工ルサレムに上京した時、”使徒達は、サウロの回心の事が信じられず、サウロは孤立していた”のでした。

 ”そこに登場したのがバルナバだった”のです。”バルナバは、サウロを使徒達に仲介し、「サウロは、キリストに出会い救われた」と証をした”のです…”バルナバは使徒達に信頼されていた人です…サウロは、そのバルナバのおかげで使徒達に受け入れられた”のでした。

 そして、やがて、”サウロは、福音の世界宣教の第一人者、そして聖書を最も多く執筆した人となった”のです。

●信徒の模範バルナバ

 ”バルナバ”が最初に聖書に登場するのは”使徒言行録4章36節”です。そこに短い紹介文があります。そこには、”バルナバの本名はヨセフで、キプロス(地中海にある島)生まれのレビ人”であり、”バルナバ”という名は、使徒達に付けられた”あだ名で、「慰めの子」という意味”があったと載っています…それ程、”バルナバは使徒達に信頼されていた”のでした。

●アンテオケ教会開拓者バルナバ

 やがてバルナバは、初の異邦人教会(現在のシリア辺りにあった)、アンテオケ教会の開拓伝道の為に遣わされたのです。”アンテオケ教会は、クレネ人シモンの伝道によって生まれた教会”です。

 皆さんは、”クレネ人シモンを御存知でしょうか?…主イエスが、十字架を背負わされてドロローサの道を歩んでいた時、沿道で見物していた人”でした。” 図らずも、主イエスが目前で倒れて、立ち上がれずにいた主の身代わりに、兵士に強制的に十字架を担がされた人”でした。

 ”シモンは、自分が身代わりに背負った十字架に架けられているキリストのお姿を見ている内に、「このお方こそ救い主だ」と分かって救われた(十字架による異邦人の救いの初穂)”のでした。

 シモンは、その後、アンテオケ(当時、世界第三の大都市)に行き、”異邦人であるギリシャ人に福音を宣教して、アンテオケ教会を開拓した”のでした。”シモンは、異邦人である自分が救われたので、違和感なく異邦人伝道が出来た”のです…”異邦人伝道にとって、それは大きな一歩だった”のです。

 その報告を受けたエルサレム教会は、驚いて、”バルナバを遣わした”のでした…アンテオケに到着したバルナバは、聖霊に満たされ、生まれたばかりのクリスチャン達に、「主に対する信仰を、揺るがない心で持ち続けるように」と励ましました。

 その結果、アンテオケ教会で、”どんどん人が救われていったのです…あっという間にバルナバに助け手が必要になり”ました…そこで”バルナバは、故郷のタルソス(現シリアの北のトルコ辺りにあった。小アジアの都市)に戻っていたサウロを捜し出し、アンテオケ教会に連れて来た”のです。

 この時、バルナバが、サウロを発掘しなかったなら、”後の異邦人伝道の第一人者パウロはなかった”のです。昔、野球のオリックス球団に、仰木マジックで知られる、故、仰木彬監督がおりました。彼は大リーガーの、イチローや野茂投手を発掘した人です。

 振り子打法というユニークな打法のイチローや、トルネード投法と言って躰をよじって投げる野茂投手が、良くないフォームという賛否両論の中にいた時、「そのままで良い」と言って試合に出したのです。”それ故、今、大リーグで大活躍している二人がいる”のです。

 バルナバも、発掘したサウロと力を合わせ、一年間、伝道した結果、教会は成長し、熱心なキリスト者を見た町の人は、彼等を「クリスチャン(キリスト野郎)」と呼び、そのあだ名が良いイメージに変わり、今も、”キリスト者はクリスチャンと呼ばれている”のです。

●バルナバとサウロの第一次伝道旅行

 バルナバとサウロは、飢饉で苦しんでいたエルサレム教会に、開拓中のアンテオケ教会からの献金を届けた後、”初めての世界宣教である第一次伝道旅行に出発”したのです。”サウロは合計、3回の伝道旅行”にでかけました。

 ”この第一次伝道旅行から、サウロは、サウロと言うユダヤ名をパウロと言うローマ名に改名した”のでした。ユダヤ人として、ユダヤ名とロ−マの市民権を持つ者としてローマ名を持っていたので、世界宣教に当たり、公用語のローマ名を選択したのでした。

 聖書も、この時まで、”「バルナバとパウロ」と記していたのを、「パウロ一行」と記すようになった”のです。”各地で説教したのもパウロ”でした。

 ”バルナバは多くを語らない人でした。パウロより年上でしたが、パウロの前に喜んで自分の陰を薄くしたのです…それこそ、バルナバが御霊の実を結んでいた証”でした。

●パウロとの決別

パウロとバルナバは、続いて第二次伝道旅行を計画しました。”バルナバはマルコを連れて行こうとしましたが、パウロは認めなかった”のです。

 何故かと申しますと、”マルコは第一回伝道旅行の時に、途中で挫折して帰ったから”でした。”パウロは、マルコには伝道旅行は過酷であると考えた”のです。その結果、”パウロとバルナバは大激論して別行動する事となり”ました。

 パウロはシラスを連れて伝道旅行に出ました。使徒言行録には、このパウロの伝道旅行の方だけを記している”のです。一方の”バルナバはマルコを連れて、生まれ故郷のキプロス島に渡った”のです。

 こうして”バルナバは表舞台から消えて行った”のです。”キプロス島は、第一次伝道旅行の最初の訪問地”でした…バルナバは、そこで”神学校を開き、前回の伝道で救われたキリスト者と、若いマルコを訓練した”ようです…マルコがそこで成長した事からそう推測できるのです。

 その後、”バルナバは、マルコを、老いた自分の代わりにパウロやペトロの元に送り出し”…”パウロにマルコは福音宣教の為に役に立つ者と評価され、ペトロにも、「私の子」と言われる迄愛された”のでした。

 マタイ5章9節に「平和を実現する人々は、幸いである、その人達は神の子と呼ばれる」とあります…ここに、「平和を実現する人々」とあります。また「その人達は神の子と呼ばれる」ともあります。

 ”人達と言うのは、群れの事”です…しかも、”神の子と言われる群れは、教会しかありません”…「教会で平和をつくり出す人々は幸いだ」というのです。

 今朝、共に聴いた使徒言行録9:31に、「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。」とあります。

 教会の中が神の平和で一致する時、聖霊が注がれ、教会の基礎が築かれ、人々が救われていくのです。これは成長する教会の鉄則なのです。
 正に、”バルナバは御霊の実を結んだ人でした。キリストと共に、自分も十字架に死んで、キリストと共に新しく生まれ変わり、キリストの品性の実を結び、神との平和に生き、人と人との間にも平和を造り出した人”でした。
 ”神は私共にも、バルナバのように、心に神の国(神との平和・平安)を持ち、平和を造り出す者となる事を求めておられる”のです。