「客人から主人へ」
ヨハネによる福音書2章1〜11節
2:1 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。
2:3 ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言 った。
2:4 イエスは母に言われた。「婦人よ、私とどんなかかわりがあるのです。私の時はまだ 来ていません。」
2:5 しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにし てく ださい」と言った。
2:6 そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二な いし三メトレテス入りのものである。
2:7 イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、か めの縁まで水を満たした。
2:8 イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言わ れた。召し使いたちは運んで行った。
2:9 世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、 水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、
2:10 言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったもの を出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」
2:11 イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現され た。 それで、弟子たちはイエスを信じた。
ecutive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995
「客人から主人へ」
ヨハネによる福音書2章1〜11節.2006年7月2日
ガリラヤ湖から20キロ程西に入った所にカナという町があります。この町は婚礼の席において、イエス様がはじめての奇跡を行った町として知られています…今朝は、そのカナの婚礼について学んで参ります。
1節に「イエスの母がそこにいた」とあります。当時、女性は宴席に出ることは許されていなかったので、イエスの母マリヤは花婿と親戚関係にあったであろうと言われています。
パレスチナにおいては、婚礼の儀式は夕方遅くに始まります…式が終わると、新郎新婦は自分達の新居に向いました。その時、なるべく遠廻りをして、できるだけ多くの人々に、二人の幸福を祈って頂いたそうです。そうして、それから一週間、家庭を開放して披露宴をしたと言います。
その披露宴の間、新郎新婦は、冠をつけ、婚礼の衣装を着、王と王妃のようにふるまったと言います。一生に一度の晴れ舞台でした。そんな祝宴にとってぶどう酒は不可欠でした。ですから、親は子供の婚礼に備え、ぶどう酒が足りなくなる事がないように何年も前から蓄えていたのです。ですから、
このような婚礼の席で、ぶどう酒がなくなる事は、親にとっても新郎新婦にとっても不名誉な事だったのでした。
3節に、責任ある立場にあったマリヤは、ぶどう酒が尽きそうになっている危機をイエスに告げた事が記してあります。それは助けを求める相談でした。
この事から、母マリヤは、イエスが公生涯を始められる前に、家にいた頃から、主の奇跡の御業を見ていたのではないかと言われています。たとえ奇跡を一度も見ていなかったとしても、誕生の際の出来事や預言を、母マリヤは心に留めていたので、何時の日か、救い主の御業を行うと信じていたからかも知れません。
”イエス様の奇跡は、何時も、御自身を救い主として現す為のものでした”から、このはじめの奇跡をされるにあたり、母マリヤの「ぶどう酒を与えて下さい」という願いに「NO」と答えて、”これからする奇跡は、あくまでも救い主である事を証する為のものだと示された”のでした。
2章4節 イエスは母に言われた。「婦人よ、私とどんなかかわりがあるのです。私の時はまだ来ていません。」…この「私の時」という言葉は、とても大切な言葉です。
”主イエスが御声を語られる時が「私の時」”なのです…賢いマリヤは、直ぐにイエスの意図する所を悟り、5節の言葉を僕達に告げたのです。「この人が何か言いつけたら、その通りにしてください」
”私共が、主イエスの御業に預かる道は、主イエスを自分の思いのままに動かす事ではなく、主イエスがおっしやる事に聴き従う事”なのです。そこにこそ人知を越えた神の奇跡が起こるのです。
”この婚礼が始まった時、主イエスは、招かれた客人の1人に過ぎませんでした。しかし、ぶどう酒が尽きた危機を通して、主イエスは、お客から主人公になっていった”のです。”この危機は、主イエスこそ、婚礼の主人公であった、新郎新婦が仰ぎ見るべき、真の主人公である事が現される出来事”となったのでした。
僕達が運んだ水がめの容積は80リットルありました。水80リットルは80sです。瓶の重さを含めると100sを超えたと思われます。当時は井戸から水を汲み上げるのですから並大抵の事でありませんでした。
私が育った家は燃料店でした。冬場は、家の仕事を手伝うのが決まりでした。まだ小さかった自分にとって18リットルの灯油を運ぶ事は大変な事でした。腕力だけで運ぶ事が出来なかったので、足に灯油缶をそえて足にのっける様にして運びました。当然、ズボンに灯油が付きますので、足が低温火傷を負い真っ赤になり皮がめくれる毎日でした。
いくら僕とはいえ、まだイエス様やマリヤの評判も無い時に、マリヤの言葉に従って、意味も分からず6度も上り下りして運び続ける事は困難だったと思うのです。僕達が水を汲み続けられたのには、何か理由があった筈です。
ある説では、「僕達が肩に担いで来た水瓶から、ぶどう酒を入れる大きな瓶に水を注ぐ時に、ぶどう酒に変わったのではないか」と言われています。御神輿のようにして水瓶を運んできたのでしょうか?
この説にうなずきたくなります。汲んできた水を、ぶどう酒瓶に移す時、彼等の目の前で変わったのであれば、運んだ人々は、その奇跡見たさに何度も頑張れたかも知れません。
さて、”主イエスは、この最初の奇跡を、公の場ではなく一つの新しい家庭の中で行って、主(救い主)として出発された”のでした…家庭は一番小さな社会です。しかし一番大切な社会です。家庭が円満なら天国です。しかし、まずくなりますと地獄のようにもなるのです…しかし、そこにイエス様を主として招く時、水がぶどう酒に変わるような祝福された場となるのです。
この”主イエスの最初の奇跡は、神秘性を有した奇跡”でした…学生時代、化学の卒業研究をしていた友人に、水をぶどう酒に変える奇跡は科学的に説明がつくか?と尋ねた所、「あり得ない」という返事が返って来た事を忘れる事が出来ません。
しかし、東大教授であり忠実なクリスチャンであった管野博士は、「水をぶどう酒に変えたイエスの奇跡を信じるのか?」と学生に質問された時、「イエス・キリストは神だから何でも出来るさ。僕は信じているよ」と答えられたそうです。
いえ、この奇跡は私共の周りにも沢山起きているのです。ある労働者の方の言葉です。「私は、この奇跡を信じるよ。俺の家に来てご覧。家ではお酒がタンスにかわったよ」…私共の人生に於いても、キリストが、水をぶどう酒へと変えて下さっているのです。
”モーセの最初の奇跡は、ナイル川の水を血に変えたもの”でした(出エジプト7章20節)、ぶどう酒は、血を現すものです。しかし、その”奇跡には裁きの一面がありました”。なぜなら、”モーセによる律法は、神の審きによる死をもたらすものであり、神の怒りを知る道だったから”です。
しかし”水をぶどう酒に変えたキリストの最初の奇跡は恵みの開始の徴”でありました。また、この”ぶどう酒は、聖霊の満たしを指し示している”のです。”キリストの最初の奇跡は、命をもたらす聖霊の到来を指し示すものだった”のです…”人が、主イエスを、客人でなく、主人として心にお迎えし、主の御言葉を聴いて信じる時、心に聖霊が充ち満ちる”のです…そうするなら、”私共の心、家庭、人生、教会に、聖霊という真のぶどう酒が満ち溢れる奇跡が起こる”のです。