真の王の誕生
ルカによる福音書2章1〜節.中心聖句 ルカ2:10−11
◆イエスの誕生
2:1 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。
2:2 これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。
2:3 人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。
2:4 ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5 身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。
2:6 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、
2:7 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
2:10 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである
フィリピ2:6〜8
2:6 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
2:7 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、
2:8 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
ecutive
Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible
Society,Tokyo,1987,1988,1995
真の王の誕生
アドベント第3週.2006.12/17
ルカによる福音書2章1〜節.中心聖句 ルカ2:10−11.
フィリピ2:6〜8.
アドベントの第3週を迎えました。ここで初めて待ちに待ったイエスが登場いたします。クリスマス物語で、イエスの登場が待ち遠しいのは、”私共の信仰が、イエスというお方に深く関わっているから”です。
”クリスチャンになるという事は、「イエス・キリストを愛するようになる」という事であり、また、「イエス・キリストの愛の中に生きるようになる」事”なのです…今から二千年前に、遙か彼方のパレスチナに御降誕された一人の御方と、時間と空間を隔てて深い関わりに生きる者となる事なのです。
今朝、受洗の恵みに預かられたD姉は、今年の8月1日に教会に来られてから、共に礼拝に預かりつつ、教理の学びを経て、イエス・キリストを救い主と信じて救われ、本日、受洗されました。D姉も、今日から、主イエスに愛され、主を愛する交わりに入られたのです。
「縁」という仏教的な言葉があります。日本人なら誰もがピンと来る言葉ですので、今朝は、敢えてこの「縁」という言葉を使って話を進めて参ります。
”キリストとクリスチャン(キリスト者)の間の縁”は、言葉で説明が出来ない程深いものです。”主イエスは、ご自身とクリスチャンとの縁を、ぶどうの木の譬え”で語られました。
ヨハネ15章5節「私はぶどうの木、あなた方はその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」。
”イエスを、救い主と信じた者は、必ず救われます…その時、イエス・キリストが自分にとって、救い主となる縁が生まれる”のです。”イエスがぶどうの木=主君、自分は、ぶどうの枝=家臣・僕・友となる”のです。それゆえ、”イエスを主と呼ぶ”のです。
ルカによる福音書は、大変簡素にイエスの誕生の出来事を記しています…しかし、その中で、ルカがしっかり伝えようとしている事があります。それは、
”イエスが、ダビデの血を引く者として、またベツレヘムの地で御降誕された事です…それは、救い主が、その様に御降誕されると預言されていたから”です。
ルカ2章4節「ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った」
”ベツレヘムという町”は、別名「ダビデの町」と呼ばれておりました…この時から遡る事600年前、今から2600年前、イスラエルはバビロンに占領され、民は、バビロンに捕虜として連れ去られました。
その地で70年間辛苦を舐めながら、”ユダヤ人達は、何時の日か、ダビデの血筋の者の中から救い主が誕生して、祖国を再建してくれる事を待ち望むようになった”のです…”イエスの父となるヨセフは、家は没落して貧しかったものの、ダビデの血筋を引く家系だった”のでした。
また、”救い主は、ダビデの町と呼ばれていたベツレヘムでお生まれになると預言されていました。
ミカ5章1節「エフラタのベツレヘムよ。お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、私の為にイスラエルを治める者が出る。彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。」…神は、この預言の成就の為、ヨセフとマリヤをナザレの町からベツレヘムへと導かれた”のでした。
ルカ2章1〜2節「その頃、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であった時に行われた最初の住民登録である」
ローマの皇帝、アウグストゥスが住民登録の命令を出したからでした。アウグストゥスは長い間平和をもたらした名君と言われています。 しかし、ユダヤ人には徴兵は無かったので、この人口調査は、徴税と、”占領者である皇帝への屈辱的な従順を強いる為”だったのでした。それゆえ40年もかけて徹底的に行われたのでした。
どんな名君でも、ユダヤ人にとっては、神以外の者に忠誠を強いられる事は屈辱でした。しかし、”神はこうした、ローマの皇帝の横暴な命令さえをも用いられた”のです。
ヨセフの故郷は、そのダビデの町ベツレヘム出身だったのです。それゆえ人口調査の命が出た時、ヨセフは、ガリラヤのナザレの町から、故郷のベツレヘムに向けて120qの旅に出る事になったのです。
ヨセフは、身重のマリヤを同行させました…臨月を迎えていたマリヤにとっては過酷な旅でしたが、未婚で身重になったマリヤが、民衆から殺される危険があった事と、ヨセフが夢の中で、天使から、「マリヤは聖霊によって救い主を身ごもった」と聴いていたからでした。マリヤの身体を考えて、1日20q位の道のりを6日位かけて、ゆっくり旅したと思われます。
やっとベツレヘムに着いた日、マリヤは急に産気づきました。住民登録で帰省した人々で、何処の宿屋も満員でしたので、マリヤは家畜小屋でイエスを出産したのでした。見方を変えれば、マリヤがベツレヘムに着くまで、神が陣痛から守られたとも言えるのではないでしょうか?
人間には、世間に認められている人、有名人を信用して耳を傾ける傾向があります…しかし、名もない人の中にこそ、真実な人、偉大な人がいるものです。中島みゆきの歌に、「地上の星」というものがありました。
「つばめよ高い空から 教えてよ地上の星を つばめよ地上の星は 今何処にあるのだろう…名立たるものを追って 輝くものを追って、人は氷ばかり掴む」
”聖書は、二千年前の世界で最初のクリスマス、氷のような偽物の地上の星でなく、真の暖かな地上の星は、家畜小屋の飼い葉桶の中にあったと告げている”のです。
ルカ2;11「今日ダビデの町で、あなたがたの為に救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」。
フィリピ2:6〜8「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者である事に固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。この為、神はキリストを高く上げ、あらゆる名に勝る名をお与えになりました」
ある説教者は、「主イエスがお生まれになった時、世間はそれを知らず、お祝いをしなかった。クリスマスを祝ったのは神だけだった」と言いました。英国の詩人ミルトンも「失楽園」という著作の中で、「クリスマスの時、天がどよめいた」と書きました。
世界で最初のクリスマスは、”地では世の片隅で起きた密かな出来事”でした。しかし、”天においては、救い主が地上に降られた事は、どよめき揺れる程の大事件だった”のです。
”クリスマスの夜に、世の片隅の家畜小屋の飼い葉桶の中で、誰にも認められず産声を上げておられたイエス、しかし、そのお方こそ、救い主、王の中の王、真の希望の星だった”のです。
クリスマス、このお方を救い主として心に迎え、愛のキリストの家臣・僕となる縁を結ばれている事を思う時を共に過ごして参りたいと思います。