あなたを愛している徴
ルカによる福音諸2章8〜11節
2:8 さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
2:9 すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
2:10 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
2:11 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
2:12 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
ecutive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995

   
あなたを愛している徴
              燭火礼拝
                 ルカによる福音書2章8〜11節.2005年12月24日.
 今年もクリスマスがやってきました。西条市にはイルミネーションで有名な民家がありまして、TVでも映っていましたので見て来ましたが見事なものでした。買い物に行きましても、クリスマスキャロルが流れています。明日は近くのホテルで岩崎宏美のディナーショーがあるようです。今夜は、あちこちでクリスマスパーティがなされていると思います。
 一方で、一年で一番自殺が多いのも、このクリスマスだと言われています。人々が賑やかさを楽しんでいる中で、孤独を最も感じるのもこの日だからだと思います。
 昔、「東京砂漠」という歌がありました。”大都会の真ん中にいながら、砂漠の中1人きりのような孤独”を歌っていた気がします…人混みの中で、豊かさの中で、笑いの中で、誰かと話している中でも、自分がいなくなっても誰にも影響がないんじゃないか?自分が忘れられて行く不安を多くの人が感じていると思うのです…ある所で、”人は、毎朝、「そのままで良いんだよ」とありのままの自分を受け止めてくれる人との出会いを求めて目を醒まし、失望して夜眠る”という言葉を聴いた事がありましたが、人は誰もが自分を理解してくれる人を求めているのです。

              理解してくれる人がいる

聖書は、二千もの間、”暗闇に輝く光であった御方を紹介”します。その人の名はイエス・キリストと言います。イエス・キリストは、”今も生きている救い主”で、絶望という暗闇の中にいる人の心に光を与え、悲しみの中にある人の心に喜びを与え、苦難を勝利へと導いて下さっています。正に、キリストこそ本当の友であり、励まし主、慰め主、力を与えて下さる御方なのです…そして、今、私達の心の空洞を満たして下さる御方でもあるのです。
  
               忘れられた人々

 キリストが生まれたのは、皇帝アウグストがローマ帝国に君臨している時でした。当時の皇帝の権力は、指一本で、世界を動かす事が出来る程のものでした。その皇帝の支配下に、このユダヤの国もあったのです…皇帝は徴兵と課税の為に、世界で初めての住民登録の勅令を出し、町々は、その為に帰省する人々で溢れかえり騒然としていたのです。
 しかし、そんな中、住民登録に呼び出されず、喧噪の中に入れないで、人々から忘れられて、寒い夜中に仕事をしていた人々がいたのです。羊飼い達でした。
 当時、”羊飼いは、社会からはじき出された人々だった”のでした…しかし、神はそんな羊飼い達に天使を遣わして、”真っ先に神のグッドニュースを伝えられた”のでした。
神の憐れみに預かった人々

 ルカの福音書2章8〜11節「羊飼い達が、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らの所に来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れる事はありません。今、私はこの民全体の為の素晴らしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビテの町で、あなた方の為に、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
 ”社会から疎外され、孤独な中にいた羊飼い達に、神は真っ先に、世界で最も素晴らしいニュースを告げられた”のでした…”人々に忘れられていた羊飼い達が、神様の憐れみの愛を最も深く知った人々となった”のです。  

神の愛を知った人

 生後一年七ケ月で、原因不明の熱病に冒されされ、不幸にも目、口、耳の機能が全くマヒし、三重苦の障害を背負ったヘレンケラーを偉人へと導いたのはサリバン先生という人でした。しかし、そのサリバン先生の人生は、イエス・キリストに出会うまで、悲しく、寂しいものでした。
 父親はアルコール依存症、母親は過労のため、小さなサリバン先生と弟の手を握りながら息絶えました。その上、追い打ちをかけるように父親は蒸発し、小さな子供二人は、余りにも過酷な状況を生きて行く事になったのです。やがて弟は体が衰弱して死亡。幼いサリバン先生も栄養失調のため、殆ど視力がなくなり、孤児院に引き取られました。
 サリバン先生の子供時代は、笑う事を知らない、寂しい人生でした。12才の時、彼女は聖書に出会いました。そして、”「キリストが、こんな自分の為に、この世に来て下さった。そして、自分の為に十字架に架かって罪を赦し、自分を神の愛の中に生きる者として下さった事を知った”のでした。
 キリストが自分を愛していて下さる事を知ったサリバン先生は決心したのです。「これからは自分より不幸な人の為に生きよう」と…。そして、あの三重苦の中にいたヘレンケラーを偉人へと育てたのでした。こうしてサリバン先生は、そしてヘレンケラーは、”神の愛を知った人が、愛に生きる人へと変えられる証人となった”のです。

    あなたを愛している徴として…。

 今、私達は孤独でしょうか? 生きる事に虚しさを感じていないでしょうか? 毎日の生活に疲れていないでしょうか? そんな私達のためにキリストは来られたのです。
 二千年前、羊飼い達に天使が語られたように、今、神は私達にも語っておられるのです…「あなたの為に救い主がお生まれになったのです」と…。二千年前に小さな村で起きたクリスマス、それが”真っ先に羊飼い達に告げられた事は、実はあのクリスマスは、神様が、「私は、あなたを知っているよ。あなたを愛している徴として、私の独り子をあなたにプレゼントしたのだよ」と、私達にも告げて下さっている徴”なのです。