「キリストの昇天」
使徒言行録1章6〜11節
1:6 さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。
1:7 イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。
1:8 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
1:9 こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
1:10 イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、
1:11 言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」
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「キリストの昇天」
使徒言行録1:6〜11.2004.11/23
今朝は、使徒言行録1章6〜11節を通して、「キリストの昇天」について学びたいと思います。この「昇天」は、人が亡くなった時に使う、「召される天に」と書く、「召天」とは違い、”天に昇られたイエス・キリストだけに使われる言葉”です。
使徒言行録の1章には、復活されたイエス・キリストが、四十日の間、弟子達にしばしば姿を現わされ、その後、天にお帰りになった事が記されています。おそらく弟子達が主イエスの祈りに目を閉じて聴き入っていた時に、その声がだんだん小さくなり、目を開けて見上げた時、雲の中に消えて行くように天に迎え入れられて行く主イエスのお姿が目に映ったのです。
それは、今、昇天教会が立っているオリーブ山での出来事と言われています…何百人もの人々が息を飲んで見つめる中、イエス様が雲に包まれて消えて行ったのでした。旧約聖書では、”雲は神の臨在のシンボル”でしたので、この雲は水蒸気の雲ではなく、”天に凱旋して行かれる主イエスを、数え切れない御使い達がお迎えしている姿”だと言われています。”主イエスの昇天は、天に於いても最も劇的な瞬間だった”のです。
その時、御使いは、「ガリラヤの人達、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは…同じ有様で、またおいでになる」と弟子達に告げたのでした。
”旧約聖書において、救い主の預言は大きなテーマでした。ですから、この”救い主の昇天の預言も大きなテーマの1つ”だったのです。たとえば、使徒言行録2章の34〜35節に「ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主(神)は、私の主(主イエス)にお告げになった。「私(神)の右の座に着け。私(神)があなた(主イエス)の敵を、あなた(主イエス)の足台とする時までは」』とあります。
これは旧約時代に、詩篇110篇1節で預言されたものです…”ダビデは、世の終わりに神が悪魔を討ち滅ぼし、天の御国が地上に到来する時までキリストは神の右の座におられると言った”のです…今朝は、”復活されたキリストが、神の右の座に王として就かれた目的”を、3つに絞って聖書に聴いて参ります。
”キリストの昇天の第一の目的”は、「場所を用意する為」でした。
弟子達は、主イエスが十字架に架けられる前の晩、「先生がいなくなったらどうしよう。このお方だけを頼りにしてきていたのに、このお方がいなくなってしまったら、私達には、もう夢も希望もない」と心が騒ぎ恐れていたのでした。
しかし、主イエスは「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、また私を信じなさい」とおっしゃったのです。それは、無責任な気休めの言葉ではなかったのです。「私は、天で必ずあなたがたの永遠の住まいを備えておくから、あなたがたは心を騒がせないで私について来なさい」と言われたのでした。
この「父の家(天国)の住まい」は、”英語ではマンション”という言葉が使われています…日本のマンションは、欧米ではアパートです。此処で”主が言われたマンションと言うのは、庭に林や池がある庭園を備えた大邸宅の事”なのです…それは、”神の誠意を込めた住まい”を意味する言葉でした。”主イエスは、神の子とされた者達の為に、神の誠意を込めた住まいを備える為に天に帰られた”のでした。ですから、”キリスト者もまた責任をもって天国を目指す”のです。
”イエス・キリストの昇天の第二の目的”は、「罪の赦しを執り成して下さる為」でした…ヘブライ人への手紙4:14〜16に「さて、私達には、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられている…この大祭司は、私達の弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、私達と同様に試練に遭われたのです。だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けを頂く為に、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」とあります。
人は救われた後でも、失敗や罪を犯してしまいます。生まれ変わったといえども、はじめの内は罪の臭いがぷんぷんなのです。”救われる以前の心の臭い”です。これを”聖書は肉の心”と言います。本当ならば、肉の臭いがぷんぷんするままで、聖なる神の御前に出る事など出来ない筈です。しかし、”神の独り子は、人々を審かれたのではありませんでした。
そんな人の弱さや痛みを舐め尽くし、人の痛みや弱さを神に訴え執り成して下さる為に、クリスマスに人となって来て下さった”のです。そして”キリストは、天に帰られた後も、永遠の命をもった躰ではありますが、人の姿をとられたまま”なのです…それは、”私共の弱さや痛みを共に感じ執り成して下さる為”なのです…そして、この”キリストの執り成しゆえ、今も、ありのままで神の御前に出る事が出来る”のです。
”イエス・キリストの昇天の第三の目的”は、「聖霊を注ぐ」為でした。そして、これが”昇天されたキリストの最大の務め”と言えるのです。
主イエスは天にお帰りになる時に、使徒言行録1:4〜5で「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい…あなたがたは間もなく聖霊…を授けられるから」と言われました。
それゆえ”弟子達は,主イエスが天に帰られた後、十日間,二階座敷で祈り続けて聖霊を待ち望んだ”のでした。また”天に帰られた主イエスも、父なる神に、「父よ、彼らに御霊を注ぎたまえ」と祈られ…つまり、地上と天とで、神を挟み撃ちするようにして、「御霊を与えたまえ」と祈った”のでした。
使徒言行録2章33節を読みますと、「イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いで下さいました。あなたがたは、今この事を見聞きしているのです」とあります…”キリストは、今も祈りに応えられた神から、約束された聖霊を受けて、私共に注いで下さる”のです。
そして、「その証拠を、今,私共は見聞きしている」というのです…”聖霊が注がれている証拠の1つ目は、「聖霊を受けた時、人々が大胆にキリストを伝えるようになる」という事”です。”キリストが十字架に架けられた時に、逃げ出した弟子達は、聖霊を受けて殉教を覚悟でキリストを伝えるように変えられた”のです。
2つ目は、「多くの奇跡が起こる事」です…”生まれつき足が不自由だった人が立ち上がったり、重い皮膚病の人がきよめられたり、悪霊を追い出される”事が起こったのでした…そして、”今も、この福音によって、多くの人々が人生に躓き倒れた所から立ち上がっている”のです。
そして3つ目は、「一日に、三千人、五千人の人が救われた」事です…”今も、世界では1秒に数人が救われている”そうです。また、土居教会自身も、その証拠なのです。百年前、この地に教会はありませんでした。しかし、”今、この地にキリストの躰が立てられ、人が救われ生かされている”のです。しかも、2つもキリストの躰なる教会が立っているのです。
今、”私共の教会の歩みは、この使徒言行録の続きを記している”のです…ですから、教会は教会総会で歴史を記録して残すのです…過ぎし1年間の”教会に起きた聖霊の御業を振り返って神に感謝を献げ、また、キリストの躰として、どうすれば更に聖霊の通り良き管となるかを祈りつつ考える”のです。
この、”私共が見聞きしている御業”は、”昇天されたキリストが、今も神から聖霊を受けて、私共に注いで下さっているので起きている”のです。
使徒パウロは「キリスト者になったという事は、主イエスと1つに結び合わされた事、合体した事だ」と言いました。”イエス・キリストの十字架に、私共も一緒につけられた”という事なのです。そして、”主イエスの復活と共に、私共も霊的に復活した”のです。
パウロは更に驚くべき事を言いました。エフェソ人への手紙2章6節「キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました」と…。キリスト者は、「キリストと共に天の王座に着かせ頂いている者」なのです…地上の生涯を終えた時、天国が約束されているだけではないのです”この罪と悲しみに満ちた地上にありながら、痛みの中でも天国を味わい(この主イエスと共にいる平安)ながら生きる者とされている”という事なのです。
この朝、私共の為に、天に昇られ、天に住まいを用意し、私共の罪を執り成し、そして私共に聖霊を注いで下さっている主イエスを、共に信じて、見上げて歩んで参りたいと思います。
祈祷>イエス・キリストの父なる神様
今朝は昇天礼拝でした。二千年前の先週の木曜日、あなたは十字架と復活によって、地上の贖いの業を果たし終え、父なる神の右の座にお帰りになられました。そして天にて、栄光を受けられた事を思います。
そして今も、昇天の主イエスが、私共の為に、父なる神より力を頂いて、働いていて下さる事を信じて感謝致します。
今も天にて、私共が帰る天の住まいを備え、罪の赦しや祈りを神に執り成し、そして、神より聖霊を受けて私共に注いで下さる事に感謝致します。この聖霊によって、私共はキリストと1つにされ、新しい命に生かされています。尚も、キリストの命に生かされるように、更に聖霊で満たして下さい。そしてあなたの証人として歩む事が出来ますように助けて下さい。
この1ヶ月間、O姉が大変な中を通られましたが、今、あなたが復活の力をもってO姉に臨み、O姉も復活の主への信仰によって、再び病床から立ち上がろうとしています。どうぞ聖霊なる神の御業を起こし、あなたの栄光を現して下さい。また多くの愛する方々も、肉体や心の弱さを覚えておられます。どうぞお1人〜の内に、聖霊を注いで下さる復活、昇天の主イエスへの信仰を清かにして下さい。そして、あなたの御業に預かり、主に栄光を帰す事が出来ますように助けて下さい。
尊い主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン