「天国を目指す神の家族(ノアの箱舟)」
創世記6章18〜22節
6:18 わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。
6:19 また、すべて命あるもの、すべて肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。
6:20 それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這うものが、二つずつあなたのところへ来て、生き延びるようにしなさい。
6:21 更に、食べられる物はすべてあなたのところに集め、あなたと彼らの食糧としなさい。」
6:22 ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995
天国を目指す神の家族(ノアの箱舟)
創世記6章〜10章、中心聖句6:18−21,新年礼拝、2003年1/1
新年おめでとうございます。いよいよ新しい年が始まりました。「一年の計は元旦にあり」という言葉のように、元旦は新しい歩みの心備えをする時であります。
年の初めに、私共はキリスト者として、創世記6章〜10章から、共に神の言に聴きつつ、新しい年の歩みについて考えて参ります。今朝は、永遠の命に預かっている者として、”ノアの箱舟の物語”から、”天国を目指して歩む神の家族”という事について、共に考えて参りたいと願っています。
旧約聖書の創世記6章から10章にかけては「ノアの箱舟」の事が記されております。人々が神を忘れ、情と欲に支配されて世界が罪に満ちた為、「主なる神は、地上に人を造った事を後悔し、心を痛められた」(創世記6章6節)、そして「彼らを滅ぼそうと考えられたが、神と共に歩んだノアと、その家族は滅亡から救われた」(6章8,9節)と言う物語です。

ある時、神はノアに命じて言われました。「ゴフェルの木の箱舟を造りなさい」。そして箱舟の大きさが指示されたのです。「長さ300アンマ、幅50アンマ、高さ30アンマ」と…。1アンマは、ひじから指先までの長さですから、およそ45センチですから、換算してみると、長さ約135メートル、幅22,5メートル、高さ13,5メートルとなります。これは、現代の巨大客船に相当する大きさなのです。
さてノアは、何処で、このような大型船を造ったのでしょうか…ノアが箱舟を建造した舞台は、砂漠、荒野と言われる海から離れた乾燥地帯でした。そこで、135メートルもの長さの建造物の建造作業が、ノアとその息子セム、ハム、ヤフェトそしてその妻たちによって始められたのです。長さ135メートルもの巨大船を、荒野の真ん中で造り始めた訳ですから、人々は驚き怪しみました。
しかも、完成するのに数年は要した筈です。おそらく大変な評判になり、「何だ、何だ」見物人が集り大騒ぎになったに違いありません。ノアは、きっと神様から聞いた事、神様がしようとしておられる事を人々に話して聞かせたと思います。ある人は、あざ笑い、ある人は「それは大変だ。自分も手伝うから、箱舟に乗せてくれ」と願った事だと思います。ノアは、きっと親切にそれらの申し出を受け容れたに違いありません。
しかし、暑い中での、木の切り出し、運搬、組立て作業でありました。しかし、空には一点の雲も無く、洪水など起こりそうにもありません。人々が嘲笑する中、一緒に働いていた人達から、一人去り、また一人去り、そして誰もいなくなってしまったのでした…”残ったのは、家族の絆で結ばれたノアの家族だけだった”のです。
箱舟が完成した時、神の時がやって参りました…突然の大雨、そして大洪水です。40日40夜降り続いた大雨は、あっという間に地面を飲み尽くして行ったのです。7章20〜21節に「水は勢いを増して更にその上十五アンマに達し、山々を覆った。地上で動いていた肉なるものは全て、鳥も家畜も獣も地に群がり這うものも人も、ことごとく息絶えた」と記されておりますように、箱舟の下に駆けつけようとした人々も水に飲み込まれて行きました。
そうした人々の叫びと悲鳴の中、全ての種類の生き物の雄と雌、そして、ノアの家族を載せた箱舟だけが浮き上がったのでした。
一方、箱舟の中はどうだったのでしょうか?…6章19〜21節に「また、全て命あるもの、全て肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない…更に、食べられる物は全てあなたの所に集め、あなたと彼らの食糧としなさい」と言われた神の御命令に従い、動物を載せた箱舟の中は、さながら動物園の様な有様だったに違いありません。
猛獣は、小さい動物を見てうなり声を上げ、小動物はおびえて叫ぶ…騒然とした箱舟の中です。湿気の中での動物の臭いと、糞尿の匂い、想像しただけでも気分が悪くなりそうです。それらに餌を与え、糞尿の始末をする仕事は、全てノアの家族がしなければならなかったのでした…”救いに至る箱舟の中も、決して夢のような場所ではなかった”のです。
実は,このノアの箱舟は、”教会の象徴”と言われます…教会の歩みは、砂漠の中に箱舟を建造するように、もどかしく、なかなか人々に理解を得る事ができません。教会に集う人々も、なかなか恵みの深さ広さを理解する事が出来ませんし、その地に神が教会を建てられた御計画も理解する事が難しいのです。
”箱舟の中で、ノアの家族が動物の糞尿の始末に明け暮れたように、この教会生活も、嬉しく楽しいだけの場所ではないのです。いえ、世の縮図の様に、様々な問題があり、忍耐とアガペーの愛(神の愛)を祈り求めずして歩めない”のです。
しかし、水に浮かんだ箱舟が、神に導かれて、1年と10日後にアララト山(現トルコのアララテ山)に漂着した事は、”天国に辿り着く教会を象徴している”のです…”教会というノアの箱舟の歩み”は、”正に、天国を目指す神の家族の歩み”だからです。
私共は、キリスト者となる為に洗礼を受けます…それは、”天国を目指す神の家族に入る事を意味している”のです。マタイによる福音書の一番最後の28:19〜20に大宣教命令と呼ばれる箇所があります…「あなたがたは行って、全ての民を私の弟子にしなさい。彼らに、父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいた事を全て守るように教えなさい。私は世の終わり迄、いつもあなたがたと共にいる」という主イエスのご命令です。.
これは、”主イエスの最後の遺言”であります。此処に、「洗礼を授け」と言う言葉があります…主イエスは、「人々を洗礼に導く事を、あなたの人生の新しい目的としなさい」と言われたのでした。
洗礼が、重要なのは、”神の家族に入る事”だからで、それが、”永遠の命(天国)に至る交わり”だからです。”ノアの箱舟”を思い浮かべて下さい。人々が大洪水に飲まれて滅んでいった時、”箱舟の中にいたノアの家族だけは無事だった”のです。
”箱舟の中の家族は、箱舟の中で躓いて転んで怪我をしたら、家族に助けられ、病気で寝込んだら、手厚い看護をしてもらえた”のです。”弱い時には、寝ているだけで目的地へと運ばれていた”のでした。”動物の世話などの仕事も、家族で助け合ったのです。また、ケンカをしても、家族ゆえに許し合い受け入れ合った”のでした…”その交わりのおかげで、ノアの家族は、アララト山に辿り着く事が出来た”のでした。
この”ノアの箱舟は、天国に向かって歩んでいる教会の姿”だと申しました…”神の家族の交わりの中にある時、欠点があっても、弱さがあっても天国に行く事が出来る”のです。”祈りあい支えあう、愛しあって赦しあう…その交わりが、救われた者を天国に着く日まで、キリストにつなげ続ける”のであります。
心に罪や心に傷がありますと、人間関係が壊れていきます…私共の教団が掲げる”聖め”は、こうした、心の罪を取り除き、心の傷を癒すものなのです。聖化によって、人は真の神の家族になって行くのです。
箱舟に入らない人が水に飲まれて滅びたように、”この世の荒波の中、教会という神の家族の中にいないキリスト者は、世の荒波に飲み込まれてしまう”のです。
この新年礼拝で、私共が、それぞれ神の御前で目標を持つ事が出来、与えられた幻が実現していったなら幸いです。
洗礼をまだ受けておられない方は、”神の家族に入る”とはどんな事かを考える事を目標とされては如何でしょうか?キリスト者の方は、”神の家族とされている事を体験する事を目標”とされては如何でしょうか?
”神の家族のお互いの為に祈りあうのです、また、主イエスのアガペーの愛を祈り求めて、赦しあい、受け入れあう体験する”のです…そして、今年の終わりに、「ああ天国って、こういう所だと垣間見ました」という証ができたら、土居キリスト教会という、神の家族にとって、幸いで感謝な1年となると思います。
祈祷>天の、イエス・キリストの父なる神さま
こうして2004年という新しい年を、あなたのお恵みによって、共に迎える事が出来た事に感謝致します。過ぎし年は、溢れる恵みと共に大きな悲しみもありました。しかし、そうして中で、あなたが真実に、あなた御自身の信仰でお支え下さいました事に感謝致します。
この新しい年も、そのように私共をお支え下さい。
また、この年は、この土居キリスト教会が、主イエスの躰として、神の家族として、更に深く自覚し、成長する年として下さいますように…。お互いの痛みの為に祈りあい、主イエスの愛である、アガペーの愛を求めて祈りあい、許し合い受け入れあって、天国を目指して歩むノアの箱舟のような神の家族として下さいように…。
神の家族を愛する愛を与えて頂き、この家族の交わりの中で成長していく事が出来ますように。
年末にイランで起きた地震で死者が5万人に達しようとしている事を聞いております…痛みと悲しみの中にある人々を支え慰めて下さい。
尊い、主イエス・キリストの御名によってお祈り致します。 アーメン