「主イエスの味方」
マルコ9:38-41
9:38
ヨハネがイエスに言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」
9:39
イエスは言われた。「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。
9:40
わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。
9:41
はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける。」
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995
「主イエスの味方」
*今朝、私共はマルコ9章38節以下の所から共に神の御言葉に聴こうとしております。
主イエスには12人の弟子がおりました。その中でもペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人は,主に重んじられておりました。その中で一番若いと考えられているのが、今朝,登場するヨハネであります。
この3人の中の、ヤコブとヨハネの2人は兄弟でして、2人とも,主イエスに「雷の子」と言うあだ名を付けられていたのです…ヨハネとヤコブは熱血漢で,突然「カッ」として雷の様に怒鳴る所があったのです。
おそらく、この時もヨハネは大きな声で「先生、あなたのお名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、私達に従わないので止めさせようとしました」と言ったと思われます。
この時,ヨハネが主イエスに訴えた光景は、決して珍しい光景ではなかった様です…と申しますのは、当時の医療は、まだ、まじないが幅を利かせており、そのまじないには、日本で言うなら「霊験あらたかな名前」が用いられていた様です。
日本でも「釈迦や孔子やキリストの名」を並べ立てて癒しを行う新興宗教が数多くある様に…エジプトの医師が、まじないで「アブラハム、イサク、ヤコブ」との信仰者達の名を用いたと言う事が伝えられております。ですから、当然、”主イエスの名を用いてまじないをするやから”は、出るべくして出て来たのです。
主イエスは、かつて「私に向かって『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入る訳ではない。私の天の父の御心を行う者だけが入るのである」と言われました…ですから、主に従わないで、主のお名前だけ利用している姿は、ヨハネの様な熱血漢で純粋な若者には見過ごせなかったのです。
「あの人達はけしからん、イエスの御名を利用だけして…。」とのヨハネの言葉に、主イエスが「その通りだ。あの人達は間違っている」と同調してくれる事をヨハネは期待しておりました。
しかし、主は「止めさせてはならない。私の名を使って奇跡を行い、その直ぐ後で私の悪口は言えまい。私達に逆らわない者は私達の味方なのである」と…おそらくヨハネが思いもしなかった答えを穏やかに述べられたのです。主イエスは笑顔で、「そんな大きな声でいきり立つ事は無い」とおっしゃったのでした。
マルコによる福音書が書かれたのはロ−マに於いてではないかと推測されております。”キリスト教会に対する迫害が最も激しかった所”です。しかも、信仰の拠り所となる新約聖書はまだありませんでした。ようやく「主のお言葉と、なされた事々」が記録され始めた頃だったのです。
伝道をしますと迫害を受けたのです…時には命を落とす程でした。あらゆる場面で戸惑い途方に暮れたと思います…そして、そんな時、”キリスト者達が考え思った事は1つ”でした…それは「こんな時、主イエスなら何とおっしゃるだろう?何をなさるだろう?」という事でした。
キリストを信じるが故、愛する者達が、迫害の嵐によって命を落として行く、明日は我が身かも知れない…しかし一方では、キリストのお名前だけを利用して、”主の御心に生き、主の為に痛む事を放棄している人達がいる”…そんな人達に”苛立つ仲間達に対して、ヨハネは、かつて主に言われた言葉を思い出し語った”のでした。
主イエスは「私の名を使って奇跡を行い、その直ぐ後で私の悪口は言えまい」とおっしゃったのです…そうした、主の「寛容」は「どんな思いから出た」ものだったのでしょうか?
弟子達は何時も主と共におりました…彼等には「自分達こそ主の御心を行っている者達」という”自負”があったのです。それ故に、「あの人達は神の御心を行っていないのに、主のお名前だけを利用している」と他者を裁く事が出来たのでした。
しかし、弟子達は、”本当に主の御心が分かっていたのでしょうか?”…かつて主に「サタンよ」と迄呼ばれた”自分達の罪深さを、この時、本当に克服していたのでしょうか?”…いえ、彼等は,この後、”十字架の下で主を否定し捨てるのです”。
”十字架に向かわれた主は1人孤独だった”のです…そんな中で、”自分を否定しない人に出会うだけで、主は慰められておられた”のでした。
”皆、あてにならない人達だった”のです…それは弟子達も同じだったのです。本人達だけが「自分達も同じ穴のむじな」である自覚が無かったのです。
しかし、主イエスは、主の名を利用している人々の中に…”主を否定しない人々の中に、やがて「主イエスの味方」と言われる人々が生まれて行く事を御存知だった”のです。本日,礼拝後、結婚式がもたれますが、教会で結婚なさる方々も「主の味方」となるのです。
主イエスは41節で「はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなた方に一杯の水を飲ませてくれる者は必ずその報いを受ける」と言いました。
当時の人々は主を信じて洗礼を受けましても、それを公表する事が出来ませんでした。迫害があったからです。地下の墓の、ほの暗い灯火の下で礼拝を献げたのです。
土居教会の「春の季語」がございます…教会の前を通る新中1年生が「あっキリスト教じゃ」と言いながら登下校するのです。”街の人々に「キリスト教が此処にある」と教会が語っている”のです。しかし、そんな事は、この時代の教会には考えられない事でした。
”キリスト者達は,彼等の苦労を思った人々に、「一杯の水を差し出して頂いた時、どんなに慰められたかも知れなかった」のです”…そして、”その慰めこそ,「主を否定しない者に出会った、主のお心そのもの」なのでした”。
”その様な慰めを与えてくれる人々こそ、主イエスを否定しない人々…つまり、「世をはばかってキリスト者に成りそびれていた人々だった」”のです…”そんな時、ヨハネ達はキリストの御声を思い出した”のです「良かったではないか。この一杯の水を、あなた方に与えてくれた者達に対する報いは必ずある」と…。
”世をはばかってキリスト者となれない弱さを持つ人々もまた、神の御心の中に用いられている”のです。
辻宣道という牧師先生は牧師のお子さんでした。先生がまだ幼かった頃、世は戦時下で教会は国家の弾圧に風前の灯火となったのだそうです。そんな中、信者は散り去ってしまい。彼等は近所の人達の差し入れによって養われたのだそうです。皆が食事に窮する中、近所の人々がキリストの味方として、主の御心の為に用いられたのでした。
”誰が「主の御心を行う者」となるかは誰にも分からない”のです。”私共は、他者と比べず1人〜が、主をしっかり見上げて御言葉に従って行けば良い”のです。
主イエスは、聖書に記してある様に「石からでもアブラハムの子孫(主の弟子)を起こす事の出来る御方なのです。」…”主イエスは、主に味方する者の内に、「主の御心を行う者となる可能性を見出し待っていて下さる御方」”なのです。
主が十字架に架けられる前夜、主は、ペトロが「私は主の御心を行います。死んでもあなたに従って参ります」と言った時、「あなたは、今日、鶏が鳴く前に3度、私を知らないと言って私を裏切る」と断言されました…と同時に「私はあなたの為に信仰が無くならない様に祈った。だから、あなたは立ち直ったら兄弟達を力づけてやりなさい」と言われたのでした。”この言葉に、「祈りつつ待っていて下さる主イエスの姿が浮き上がっている」”のです。
主イエスは、”1人孤独の中で、十字架に向い…「救いの世界」を開いて下さいました”。
その事を見つめる時、”誰もが「主に祈り待って頂いていた者だった…主の御心を行っていると高ぶる資格が無い者だった」と気づかされ、正義に血を騒がせ、大声で他者を裁く事から解放され、ひそやかに、でも確かに,「主の御心の道を、十字架の道」を歩む者となる事が出来る”のです。
”大声で怒鳴る者から、大声で主を賛美する者へと変えられ…主イエスが祈りつつ期待して下さっている道を歩んで参りましょう”。