「とりなしの祈り

出エジプト32:1〜20
32:1 モーセが山からなかなか下りて来ないのを見て、民がアロンのもとに集まって来て、「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」と言うと、
32:2 アロンは彼らに言った。「あなたたちの妻、息子、娘らが着けている金の耳輪をはずし、わたしのところに持って来なさい。」
32:3 民は全員、着けていた金の耳輪をはずし、アロンのところに持って来た。
32:4 彼はそれを受け取ると、のみで型を作り、若い雄牛の鋳像を造った。すると彼らは、「イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ」と言った。
32:5 アロンはこれを見て、その前に祭壇を築き、「明日、主の祭りを行う」と宣言した。
32:6 彼らは次の朝早く起き、焼き尽くす献げ物をささげ、和解の献げ物を供えた。民は座って飲み食いし、立っては戯れた。
32:7 主はモーセに仰せになった。「直ちに下山せよ。あなたがエジプトの国から導き上った民は堕落し、
32:8 早くもわたしが命じた道からそれて、若い雄牛の鋳像を造り、それにひれ伏し、いけにえをささげて、『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った神々だ』と叫んでいる。」
32:9 主は更に、モーセに言われた。「わたしはこの民を見てきたが、実にかたくなな民である。
32:10 今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒りは彼らに対して燃え上がっている。わたしは彼らを滅ぼし尽くし、あなたを大いなる民とする。」
32:11 モーセは主なる神をなだめて言った。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。
32:12 どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。
32:13 どうか、あなたの僕であるアブラハム、イサク、イスラエルを思い起こしてください。あなたは彼らに自ら誓って、『わたしはあなたたちの子孫を天の星のように増やし、わたしが与えると約束したこの土地をことごとくあなたたちの子孫に授け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」
32:14 主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。
32:15 モーセが身を翻して山を下るとき、二枚の掟の板が彼の手にあり、板には文字が書かれていた。その両面に、表にも裏にも文字が書かれていた。
32:16 その板は神御自身が作られ、筆跡も神御自身のものであり、板に彫り刻まれていた。
32:17 ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言うと、
32:18 モーセは言った。「これは勝利の叫び声でも/敗戦の叫び声でもない。わたしが聞くのは歌をうたう声だ。」
32:19 宿営に近づくと、彼は若い雄牛の像と踊りを見た。モーセは激しく怒って、手に持っていた板を投げつけ、山のふもとで砕いた。
32:20 そして、彼らが造った若い雄牛の像を取って火で焼き、それを粉々に砕いて水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた。


聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会

Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society,Tokyo,1987,1988,1995


  とりなしの祈り
 

*今朝は共に、出エジプト記の32章に聴いて参ります。モ−セは民をシナイ山の麓に残し,神の命令に従って山に登って行きました。

彼は、そこで40日40夜、神の御前に立ち、神からの示しを受けたのです。しかし、その間に山の下では大変な出来事が起こっていたのでした。

モ−セが、なかなかシナイ山から降りて来ないので,不安になった民は、モ−セの兄アロンの下に集まって来て「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」と強く願ったのです…それは「目に見える神様が欲しい」という願いでありました。

 確かに、イスラエルの民にとって「モ−セなき40日40夜」は余りにも長いものでありました。今の様に携帯電話で安否の確認をする訳にはいかなかったのです。

昔、土居の前の山でも、細い山道で亡くなられた若者がいたと言う話をお聞きしました。この時の民も「山に登ったモ−セの身に何かあったのではないか?」と不安と恐れの中に閉ざされていたのでした…民の信仰は、”不安の中で待ち続けるには、まだまだ未成熟だった”のです。

 アロンは霊的にはモ−セより劣った指導者でありました…アロンは此処で民衆の圧力に負けてしまいます…2節で民に「金の指輪を持って来る様に命じた」のです。アロンは、それらを受けて、自ら、”のみ”で偶像の型を造り、金の指輪を鋳て子牛の像を造ったのでした。

 ”子牛は、エジプトに於いては神”でありました…民は出来上がった”子牛の偶像”に向かってひれ伏し、生贄を献げて、「イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った神々だ」と叫んだのです。
こうして、早くも彼等は「神以外に神があってはならない」と「偶像を造ってはならない」と言う”十戒”の、”第一の戒め”と”第二の戒め”を破ったのでした。

 翌日、民は、この偶像の神の前で、「座っては飲み食いし、立っては戯れた」のです…この「戯れた」という言葉は「性的に乱れた行為」を指しているものであります。

 古今東西、”偶像礼拝には性的な乱れが伴う”のです…日本でも、人々がお参りに行く偶像を祀っている所の周辺には,帰りに立ち寄ったのでしょう…遊郭があったのです。何故なら「”生ける神を主とする心”を失った心には、入れ替わって、”欲望を主とする心が入る”」からです。

 イスラエルの民は、こうして”十戒”の”第七の戒め”である「姦淫してはならない」をも破ったのでした。

 人間は忘れやすい生き物であります。ある意味で忘れる事が出来る事は大切かも知れません。しかし、”神の恵み”まで忘れてしまうのは論外です…しかし,聖書の歴史を見ると悲しいかな,それが人間の現実なのです。

 この時、民は、シナイ山の麓で「神の御声を聞き」「十戒を与えられて神との契約を結んだばかり」であり、長老達に至っては「生ける神の栄光を、その目で見たばかり」であったのです。にも拘わらず、民は幾多の神の恵みをけろりと忘れてしまったのであります。

こうした民の背信に対し、神は烈火の如く怒られました…神は9節で「うなじのこわい民=頑なな民」と言われ、民を断罪されました。

この「うなじのこわい」と言う言葉は、元々「手綱を引っ張っているのに、それに逆らう牛や馬」を指す言葉であります…神は、その様な民に対して怒り、「モ−セは祝福するが、民は断ち滅ぼす」とまで言われたのでした。
 
 人は自らの不信仰を思う時、この”神の怒り”を”他人事として聴けない”…と思います。そして,だんだん神が恐ろしく成るのです…それ故,人は”不信仰の赦しを執りなして下さる祈り手”を必要とするのです。此処でも,”モ−セは必死に民を執りなした”のです。

 11〜13節「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。どうか、あなたの僕であるアブラハム、イサク、イスラエル(ヤコブ)を思い起こしてください。あなたは彼らに自ら誓って、『私はあなた達の子孫を天の星のように増やし、私が与えると約束したこの土地をことごとくあなた達の子孫に授け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」…と。モ−セは,”神に,にじり寄る様に執りなし祈った”のです。

こうした”執りなしの祈り”によって、”神は怒りを下す事を思い留まられた”のでした。

 しかし、この様な,”執りなしの祈り”を終えて、山から降りて来たモ−セが見たものは、想像を絶する民の堕落した光景だったのです…偶像の前に、淫らな行為にふける姿を前に、今度はモ−セ自身が、我を忘れて怒ったのです。

思わずモ−セは、神から与えられた「証の板」を、”神御自身の手で刻まれた板を投げ砕いてしまった”のです。

 神様は、この様な、モ−セさえも呆れる民の堕落を御存知の上で、”モ−セの執りなしの祈りを聞き、民全員を不信仰の故に滅ぼす事を思い留まられた”のでした…私共も、不信仰の罪を、”主イエスの執りなしの祈り”故に、赦され続けているのです。

ロ−マ8:34に、天に於けるキリストの”執りなしの祈り”が記されております…「誰が私達を罪に定める事が出来ましょう〜キリスト・イエスが、神の右に座っていて、私達の為に執り成してくださるのです」。

 私共は「主イエスの御名によって祈りますアーメン」と祈ります…これは,”私共の祈りを主イエスの「執り成し」に委ねる言葉”です。

例えば、私の祈りが”拙い祈り”であっても,主が天に於いて「父なる神よ,千葉和幸は失敗多き者であり、弱く、未熟な信仰です…今もこんな祈りを祈っていますが、私が十字架で流した血潮によって,彼を赦し、彼の祈りに、この様に応えて下さい〜」と…主は、”私共の言葉の足りない所を補い、「本当に必要なものなら、神の時が満ちた時、最善の形でお答えて頂けるように」執り成して下さっている”のです。

 最後に、キリストの”執り成しの祈り”の有様を見て参ります…それは”ゲツセマネの祈り”に現れております。

主は”ゲツセマネの園”で”大声で叫んで血の汗を流して祈られた”のです。そして、その”祈りを終えて十字架に向かって立ち上がられた”のでした。

ヘブライ人への手紙5:7−10に「キリストは、肉において生きておられた時、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとを献げ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。キリストは御子であるにも拘わらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。そして、完全な者となられたので、御自分に従順である全ての人々に対して、永遠の救いの源となり、神からメルキゼデクと同じ様な大祭司と呼ばれたのです」。

 メルキゼデクという人は、創世記に出て来るアブラハムの為に祈った大祭司です。大祭司というのは旧約聖書に於ける1つの宗教制度でありまして、罪の為、神に近づく事の出来ない民の為、”生贄の血を携えて神の御前に出て、民と神との間に入って執りなしをした”のです。

 ”人間イエスは、”人類が救われるか滅びるかと言う瀬戸際”で、”自分の存在が破れんばかりに、大声と号泣をもって祈られ…十字架への1歩を踏み出された”のでした。そして、自ら私共の裁きを引き受け”執り成し手”と成られたのです…正に、「その祈りゆえに、主イエスが、人々の為に、祈り執りなす大祭司と成られた」と聖書は語るのです。

 この”ゲツセマネの祈り”が、神に受け入れられた理由は「全存在をかけた祈り」であった事と共に,「信仰の祈り」であった事によるのです。「主イエスの祈り」は、”十字架で、全人類の罪を背負って死んだ後、「父なる神が、死から復活させて下さる」と信じた祈りであった”のです…「死から救う力ある方への絶対の信頼をもった祈り」だったのです。

 主イエスは、”人間として「私共が通る涙の谷」を舐め尽くして下さいました”…”私共の痛みの底の底までくみ取って、「私共の祈りの拙さを補い」「力ある神への信頼をもって」執り成して下さる御方”なのです。

 この朝、共に、この御方を見上げたいと思います…そして,私共も、「執りなしの祈りに生きるキリスト者としてて下さい」と共に祈りましょう。